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白髪に哀れむ

艶がなく纏まりのない乾いた栗色のショートヘアーが悲しくて堪らなかった。


あの頃。
お腹の上に股がって上からキスを迫って来る時には、汗ばんだ俺の顔に絡まって、決まって唇に纏わり付いて来た長い黒髪。 

バイクで家まで送る時には、排ガスに曝されるのを嫌って、束ねてからジャケットの内側に仕舞い込んでメットを被ってたんだ。


あの自慢の黒髪が、今では頭頂部に幾つもの斑な白い筋を現して、
俺の知らない時間を過ごして来た事を物語っている。 

急こしらえで塗った真新しい真っ赤なネイルが、手の皺を余計に引き立たせ、
薬指の第二関節までしか入らなかった指輪を嘲笑っているかの様にも見えてしまった。



あゆみ。



講義を終えて広尾のキャンパスから電車を乗り継いでわざわざ俺の住む町まで何度も会いに来てくれていた。 

眩し過ぎるあゆみの都会的な美しさに、俺はあの町の寂れた景色の中で惨めったらしく嫉妬していたんだ。 

どんどんと洗練されて行くあゆみのセンスに、あの町で朽ちて行く俺にはとても太刀打ちが出来なくなっていたんだ。 

あの町の俺の通う大学と、あゆみの通う広尾の大学は、そのまま二人の距離に置き換えてしまったんだ。



あの日、
「私なんかが好きになっちゃって、ごめんね。」
そう言われた言葉に、あゆみとの距離を感じて、勝手に断ち切った思い。


電車の中で指輪を外した手でバイバイと手を振っていた、あの涙目のあゆみ。




あれから、何をどんな風に辿って来れば、こんなにも老けてしまうのだろうか。 

いったい、どれだけの苦難を乗り越えれば、あのあゆみはこの姿になるのだろうか。



キラキラした笑顔で、指輪をした手を空にかざして、
「大切にするね。」と、約束にすらなっていなかった一言は、
あゆみの人生にどんな意味があったのだろうか。


確か、当時の値段で
二千円もしなかったと記憶している。

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