バースデー
御霊前に供えるには似全くつかわしくない、場違いな色とりどりの華やかで大きな花束と、あれこれ迷った挙げ句にここぞとばかりに奮発して選んだバースデーケーキを抱え、祭壇の前でお洒落に気取ったスーツ姿の俺は、カラフルで華やかな誕生日の蝋燭に火を灯し、「ハッピーバースデー」と、泣き崩れる事すら許されなかった。
棺の中で仰向けに横たわる穏やかな寝顔からは、俺の横で気持ち良さそうに眠っている君の寝息がそのままに聞こえて来たんだ。
「もう、起きろよ。」と声でも掛ければ、不機嫌な目で睨みながら顔を背けそうで躊躇ったけど、でも今日は君の大切な誕生日だから、俺は不謹慎だけど敢えて「おめでとう。」と口にしたんだ。
約束していたオープンハートのネックレスは、食事の時にレストランでサプライズしようと思って、今は持って来なかったけど、こんな所で寝てたんじゃ、ちゃんと首に掛けて上げられないじゃん。
何時も破ってばかりの約束を、今日だけはしっかりと守ろうと予約も準備も完璧だったんだよね。
こうやって、顔を合わせて向き合っていられるのもこれが最後なんだからさ、仰向けの、そのままで良いから、ありがとうくらい言ってくれよ。
別れなきゃならない理由は、ここに集まっている人達一人一人の出で立ちでもう十分に解ったから、
「幸せだったよ。」とまでは言わせられないけど、俺にだけはせめて一言くらいは何かを言い遺してくれないかな。
今日また一つ、年を取ったんだね。
駄目だよ、幾ら年を取りたくないなんてぼやいたって今日って日は確実にやって来て、君は誕生日を迎えたんだから。
なんだよ、こんな所で何やってんだよ、ちゃんと無事に誕生日を迎えなきゃ、年は取れないんだよ。
君の憧れだった、可愛いおばあちゃんになんてなれやしないんだぞ、
青空を転がる真っ白な急ぎ雲が、煙突を掠める様に低く君の清らかな霞を躊躇わずに運んで行く。
そっちの方角は、そう、きっと鎌倉へ向かっているのかな?
いつか住んでみたいと話してくれたあの日が今では余りにも遠い日の出来事で、青に溶け込んで行く君を見送るしかなかったんだ。
骨壺箱に丁度ピッタリの長さだったネックレスが、純白の清らかな織物の上ではしゃいでいるかの様に場違いに煌めいて、みんなの箸で納められた居場所に安堵していると信じるも、信じないも、それが現実なんだよと遺影が満面の笑みを称えて教えてくれていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?