七つの幸運ep.穴生革命音詠詞「届けない想い、永久に」④
4.
「わたしなんかよりもかわいい子なんて、いっぱいいるじゃん」
わたしなんか。わたしごとき。わたしくらい。わたしとか。わたしなんて。
詠詞は『化粧をしない理由』を聞かれると、決まってこう答えていた。
「女子高生とは、この世で一番鏡を眺める時間が長い生き物のことである」──そんな洒落を放つ教師もいるくらい、女にとって十代後半というのは、特別な時期だ。この頃の為に人生
が用意されている、とまで豪語する者までいるくらい。
仮面を塗って、素肌を隠してべつの『だれか』へと変貌する。そのことにただならぬ期待と高揚と、いくばくかの不安を抱えながら、少女は女性に移ろいゆく。
化粧を覚えるということは、自分を失うということ。変わった代わりに、なにかを得る。子供から大人になる。それが女の幸せ。
だけど詠詞は、それを拒んでいた。
その飾り気のなさは、愛すべき幼馴染への崇敬の念──あるいは劣等感──か、唾棄すべき昔馴染みへの反発心──あるいは嫌悪感──か、はたまたその両方か、どうあれ彼女自身生
来の無頓着というよりは、なんらかの外的要因の孕んだ明確な意思表示であることは、傍目から見ても明らかだった。
隠すのが得意ということは、装うのも上手だということだ。
皮肉にも。
飾らないことはときに、どんな飾りよりも意味を為す──そしてその真理に最も深く触れていたのもまた、彼女自身だった。
「お化粧? うーん、まあ興味がないわけじゃないんだけど……奇跡ちゃんはよくわかんないから、まだいいや!」
穴生革命音詠詞と未知標奇跡。
化粧を塗らない少女と、化粧を塗る必要のない少女。
仮面などなくとも隠して装ってばかりの女と、どこでなにをしていても幸せでしかない女。
「未知標ちゃん……どうしたの? 急に、化粧なんてしだして」
それは、高校生になって初めての冬休みを控えたある日。
「あ、でもちゃん気づいた? なんかね、信徒くんが、そうしてほしいんだって」
「信徒……ああ、そういえば、ふたり、付き合ってるんだっけ」
「そうだよ。でも、一緒に帰るのはでもちゃんだからね!」
「…………そ。でも、自分の彼氏を、悲しませちゃだめだよ?」
どれだけ嵩を増していても、透明な水は溢れかえるまでその臨界点に気づけない。窓の外一面に積もった雪みたいに、時間が流れすぎればやがて溶けるものだと思い込んでしまう。
思春期が、冬眠でやり過ごせるようなものだったなら、どれほど楽だろうか。
「わたしなんかよりもかわいい子なんて、いっぱいいるじゃん」
わたしなんか。わたしごとき。わたしくらい。わたしとか。わたしなんて──だれも見ていない。
でも、あなたは、そうじゃないもんね?