後悔で溢れる世界〈a:後回し編〉ep.科学者1「朽ちない罪、果てない罰」⑧
8.
「なあ……俺はいったい、どこで間違えてしまったのかな」
愚かな科学者が後悔と向き合ったあの日から、百余年の時が経ち。
科学者は社長になって、その傍には最愛の妻でも溺愛の娘でも──性悪な概念でもなく、軽薄な部下が立っている。
「さあ、知りませんよ。ずっと間違えてばかりだったんでしょう。ひょっとしたら、そんな才能を持って生まれてきてしまったこと自体が、すでに失敗だったのかもしれませんしねえ」
彼女は厭味ったらしい薄笑いを浮かべながら、ただ飄々と言葉を綴る。
「まあ、あなたがどれだけ後悔していようとも──わたしはあなたを、許すつもりはありませんが」
「……だろうな。わかっている」
「あなたのことを憎んだまま、恨んだまま、ずーっと傍にいてさしあげますよ。わたしが死ぬまで、ね」
「なあ。ひとつ聞いていいか」
永遠に生きられる薬さえあれば、ずっと一緒にいられると思ってた。
一生懸命研究に打ち込めば、彼女の病気を治す薬も出来るはずだと考えてた。
でもそれは、幸福から遠ざかってしまう選択だったのだと、後になって思い知った。
「どうして君はそこまでの感情を抱きながら、俺に──化け物の横に、居てくれるんだ?」
「決まっているでしょう、そんなの。わたしが望むのは人類が手っ取り早く幸せになる方法ただひとつであって、その実現可能性をもっとも多く有するのが、他ならぬあなただからに過ぎません」
まああと強いていうなら──女性科学者はそこで、会議室の机に置かれた小型人体模型を指で弄びながら。
「人類相手を被検体にして行うあなたの『実験』の先にあるものを、見てみたいから──とでも、言っておきましょうかねえ」
視線も合わさず、独り言のように、告げる。
「うん……聞いてはみたものの、よくわからないな。秀才の発することは」
「あなたに言われたくありませんよ、ねえ?」
「ふっ。さて、そろそろ仕事に戻ろうか。榊枝七科の、その後の実験経過を資料にまとめてくれ」
「ナンバーセブンですか……彼女──否、彼機の顔を見ていると、むかむかしてくるんですよねえ。内臓が抉られるみたいな気分になってしまうんですよ。だれかさんの意地悪のおかげで」
「あれは、きみの為を想ってつけた仕様なんだがな」
「だから、それがいけないんですよ。いいですか。天才の善意は、容易に凡人を苦しめるんです。いいかげん学習してくださいねえ、機械じゃないんですから」
「肝に銘じておくよ。さあ──今日も、後悔だらけの世界を生きようか」
辞書から活字が排されようと。
意識から言葉が取り除かれようと。
だれも存在に気付けなくても。
人々の心から後悔が消えることはありえない。
科学者は、そんな世界で生き続ける。
妻が死のうと、娘が老いようと、時代が変わろうと。
朽ちることのない罪を抱えて、果てのない罰を受け続ける。