後悔で溢れる世界〈a:後回し編〉ep.榊枝七科「大っ嫌いだよ」④
4.
「なあなあ、七科ちゃん。三科どこに行ったか知らない?」
放課後。
鈴木夏向──芦分三科の恋人、もとい『三号機』のターゲットである少年──は、息を切らせながら眼前の少女──親友の彼女──に、恋人の居場所を問いただす。
「さあ……ごめん、わかんないや」
「そっかあ。どこ行っちゃったんだろうなあ、三科のやつ」
また嘘をついた。
七科は知っている。芦分三科は、定時報告の為に一足早く研究室に帰ったことを。
しかしこれはあくまで、実験を行う上での、人類の発展の為に吐くべき機能的な嘘だ。
「夏向の時計は、どんな選択を示してるの?」
「あー……八十四パーセントで、『一人で帰る』」
「じゃあ、もう今日は大人しく帰るべきなんじゃないのかな?」
「……そうだな。そうする」
鈴木夏向は、ハピネスウォッチへの依存から、完全に脱却できたわけではない。
いくら祖母の言葉を胸に刻もうと、親友の勇気を目の当たりにしようと、胸に秘めたその恋心が真実だろうと。
幸福を捨てて不幸を受け入れられる人間など、そう多くはいない。
「うん。そうした方がいい……いや、するべきなんだよ」
そうするべき。
選択肢がなければ、後悔は生まれない。
幸福のみを示してくれる時代の中で。
「じゃあ、俺帰るわ。……あ、そうだ。七科ちゃん」
「なに?」
あるべき未来を捨ててまで、自分の手を取ってくれた人がいる。確定された幸福を蹴ってまで、抱きしめてくれた人がいる。
悔いながらも、自分を好きでいてくれる人がいる。
「三科はさ──俺のこと、実際どう思ってんのかな」
それだけで、女の子は生きていてもいいことになる。
「三科、ちゃんは……」
でもそれは、言葉にしなきゃ伝わらない。思ってるだけじゃだめなんだ。
想いだけで人は変えられない。自分とだれかの心を繋ぎ止めるのは、いつだって言葉だ。
「──夏向くんのこと、大好きだと思うよ。本心から」
口に出さない愛は、形にはなってくれない。
水をあげるみたいに気持ちを育ててはじめて、恋は実る。
「そっか……。ありがと、七科ちゃん!」
ないはずの土壌に、種を実らせてしまった少女は。
優しさからか、義務感からか。
「うん。夏向くんと三科ちゃん、お似合いだと思うよ。すっごく」
また、嘘を吐く。
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