七つの幸運ep.利手川来人「悪魔の利き腕」⑤
5.
「すっげぇ……」
口を突いたその呟きは、本心から出たものだった。
学ランの下に黄色ジャージを着た少年──利手川来人の視線は、倒れ込む数十人の男達を見下ろしてたったひとり立つ男に釘付けとなっている。
「悪かったな。お前らはここで行き止まりだ」
黄金望濁渉。こがねもちだくと。域還市最大手カラーギャング『ニードルビー』の大幹部。黄金を望む金将。
黄金の革ジャンをはためかせながら敵を一網打尽にするその姿は、まさに矢の如き光陰──"黄色い注射器"そのものであるように見えた。
『チームの色を体現するのは、トップじゃなくてナンバーツーだ。王将の片腕がしっかりしないと、組織は回らない』
それが濁渉の哲学だ。
チームの肝は族長よりも副長にある。そいつに軸がないと、組織は立ちいかない。
「来人。お前はなんで『ニードルビー』に入ったんだ?」
「え? な、なんでって……決まってるじゃないすか! エイリさんに憧れたらからっす!」
唐突に投げかけられた質問に、しどろもどろになりながら答える来人。その反応に、濁渉は笑いながら言葉を返す。
「俺もだ」
「え、そうなんすか? でも、コガネさんも、たしか旗揚げ時のメンバーじゃ……」
「俺はあいつに王になってほしくて、このチームを立ち上げたんだ」
己が生きる意義や意味を、他人にしか見出せない人間というのは、一定数存在する。
その在り方が依存でも他力本願でもなく、純粋な信頼であるとき、そういう輩は、ひどく強い力を持つのだ。
「来人もいずれは、自分の色を背負って立つことになるかもしんねえな」
「それは……俺がここを抜けるかも、って話をしてんですか?」
「仮定の話だよ」
チームの柱に立つ男は、正しく現実を視ていなくてはならない。黄金望濁渉は、死亡フラグを立てる映画の登場人物にありがちな『もしもの話』に花を咲かせるような類の戦士ではない。
戦争が終わって結婚するつもりなら、ちゃんと生き残る術を考えて戦える男だ。
「……俺、なんか美術の授業って、あんまり好きじゃないんですよね」
「そういえば来人はまだ中学二年だったな。まあ、嫌いな教科くらいあるだろう」
「どこに何色を置けば優れているか、どれくらいの濃さで塗れば評価が高いか……そんなもん知らねえし、わかんねえし、どうでもいいなって」
「言いたいことは、わからなくもないか。結局、色の良し悪しなんて好みだろうし」
「画用紙なんて全部、無色透明でいいだろうが──そう思うんですよね」
これから後に人形遣いに唆され、勇猛な喧嘩屋に惚れ込み、幸運少女への色欲に溺れる彼、利手川来人。川の濁流に飲み込まれるように人から人へと流され移ろいゆくその性格は──しかし、その在り方こそが彼の個性、ともいえるのかもしれない。
無色透明。どんな色にも染まる画用紙。
だからこそ塗れた──【色欲】の大罪。
「……来人は、黄色も嫌いか?」
「! あっ、いや、そういうわけじゃ……」
「はは、いいよ気ぃ遣わなくて。別に好きである必要なんかない」
黄色に塗られ、光輝く金将。黄金を望みながらも一番には立たない、濁った成り歩。
だれよりも『ニードルビー』のことを──雀蜂鋭利のことを思う黄金望濁渉の胸の内を知る者は、悲しいことに、彼が愛すべきチームメイトにもいない。
「来人。お前と俺は、似てると思うんだよな」
「は、はあ? 似てないでしょ。ってか、俺はあんたにはなれないっすよ」
「なれるさ。俺くらいにはだれだって、努力すれば」
飛車や角行には独自の動き方がある。攻撃の要、攻めの依代、我軍最強のメインウエポン。
王将はもちろん、王将にしか務まらない。全方位無死角の、完全無欠。
金将には、だれにでもなれる──敵地に突っ込む勇気さえあれば、だれでも、成れてしまう。
「……。今日も、おつかれっした、コガネさん。俺はそろそろ」
「お、あの新入りちゃんとデートか?」
「デ! ち、ちがいますよ、そんなんじゃ……」
「隠さなくてもいいって、うちは恋愛禁止とかのルールはねえんだし。隠してもバレるし、クキネみたいに」
「……あの人はまあ、わかりやすすぎるからなぁ……」
「そーしちゃん、だっけ? 大事な子なら、お前がちゃんと守ってあげろよ」
「──そっすね。わかってますよ」
紫の毒蜘蛛と、悪魔の片腕となる少年。蜂の巣に迷い入りし背信者。
軍隊バチの結束の糸は、ひとつひとつ綻んでゆく。
悪魔の右腕と、黄金の針が交差するまで、あと──約、八ヶ月。