七つの幸運ep.利手川来人「悪魔の利き腕」⑦
7.
野球は命懸けのスポーツだ。
死球──デッドボール。投手の投げた球が、打者の身体に当たってしまう。
それだけで、人は脆くも死に至る。
「……があっ! てっめえ、殺す気か!」
ドゴォン!バゴォン!
倉庫街に、大きな爆発音のようなものが響き渡る。
「監督からは、『試合は死合。常に相手を殺すつもりで行け』と教わってきた」
「それは精神的な、姿勢とかの話だろうが! 野球で相手を物理的に殺そうとする奴があるか!」
「これは喧嘩だ」
石飛礫と鉄パイプで繰り広げられる変則野球、場外乱闘デスマッチ。雨宿粒気の投げる石はことごとく来人の顔面を捉えて、とても打ち返せるものではない。
次々と投げ込まれる石が牽制の役割も果たしており、投手と打者の距離は離れるばかり。雨宿はどうやら、手持ちの小石が尽きてからは周囲に落ちた瓦礫の破片などを球として使っているようで(来人も落し物を武器に使用しているから「反則だ!」などとはいえないし、そもそも喧嘩に反則はない)、殴る蹴るの近接格闘しか本来芸のない来人にとって、圧倒的に不利な状況だった。
「っきしょう……こんなとき、あの暗器バカ女がいりゃあ……!」
脳裏に過ぎるのは、かつての仲間の存在。──そして、相棒・硝子張響の勇猛な後ろ姿。
「ヒビキなら……この状況を、どう突破する……!」
決まっている。
1、ぶっ壊す。
2、ぶっ壊す。
3、ぶっ壊す。
なにもかも壊して突き進む──そんな生き方しか、あの男は知らない。
「むりだ! 俺は硝子張響にはなれねえ!」
だから、『スカイレッド』を立ち上げたのだ。
彼をテッペンに、路地裏の頂点に祭り上げるために副総長に治まったのだ。
だったら、やることはひとつ。
「俺は俺のやり方で、この敵をぶっ壊すしかねえなぁ……!」
「……? なんだ、逃げるのはやめたのか」
鉄パイプを握り込み、右半身を引く──右打ちの打者の体勢で、雨宿に向き直る。
「逃げる? バカいえ、誘い込んだんだよ」
そうして、バットを伸ばして、投手に突き付ける。
「てめえの顔面が一直線に狙える位置になあ!」
「ふん、面白い。打ち返せるものなら──」
ピッチャー、大きく振りかぶって──
「──打ち返してみろ!」
──大暴投。的が止まったことにより狙いを定め易くなった瓦礫の破片はさっきまでよりも勢い激しく、正確に来人の顔面を捉える。この超長距離でも確実に狙い所に球を収める正確性が、元外野手球児である彼の強み。
だからこそ。
「どこに飛んでくるかわかってんだから、当てるくらいならかんたんだよなぁ……っ」
カインッ。
来人はあらかじめ顔面の前に持ってきていた鉄パイプを軽く振り上げる。瓦礫の破片は宙空を高らかにふらふらと舞い、太陽の被る。
「……!」
もしも打ち返されるのだとしたら、一直線に飛んで来るものだと思っていた甘宿は咄嗟に、浮かび上がった球に全神経と視界の全てを、注ぎ込んでしまう。
打ち上がったフライボールに意識の全てを向け、着実に相手の死点を作る。超長距離スローよりも基本的な、外野手の特性。
「あめえな」
「!? はやっ──」
眩しい陽の光に目を瞑る暇もなく──打者はバットを投げ捨て、塁を回ることもせず、投手の懐に潜り込む。
「叶わなかった夢を諦めきれず喧嘩でも部活動で習った技に頼り切ったことが、てめえの敗因だ」
そして思いっきり、右腕を引く。
勘違いしてはならない。
「これで、ゲームセットだ」
戦場の悪魔の右腕は、バカなだけでは務まらない。