七つの前屈ep型固芽道利「理論順守の最適解?~揺らせ、脳~」④
4.
型固芽道利に、両親はいない。
「──らしいの。警察も、これ以上調べることは、なにもないって」
道利の両親はふたりとも、彼が幼い頃に事故で亡くなっている。
道利は、しばらく施設に預けられてから、父方の祖父母に引き取られることになった。
「ドーリちゃん。お外で遊んだら危ないでしょ。戻ってきなさい」
優しくて、暖かいふたりだった。
「道利。釣り具の扱い方はまだわからんだろう。どれ、貸してみなさい」
祖母は道利を心配し、祖父は道利に知らないことを教えてくれた。
それが、道利には新鮮だった。
『ドーリくん、これなんてよむの?』『たのむドーリ、お前にしかたのめないんだ!』『どうりちゃんがどうにかしてよー』『じゃあ、道利くんがリーダーになって、この問題を解決し
ていこうね』『型固芽? ああ、あいつなら大丈夫だろ』
天才。優秀。模範生。
型固芽道利という少年にはいつも、そんな肩書がついて回っていた。
貼り付けられたレッテル。押し付けられた個性。
型固芽道利だから知ってて当然──型固芽道利にわからないことがあってはならない。
重圧。責任。存在が免罪符のような、特異点。
まるで、神様。
「ドーリちゃんはまだこどもなんだから」
「大人になるまでに、ゆっくりと学んでいけばいいさ、道利」
そんな彼を唯一、人間扱いしてくれるのは、その祖父母だけだった。
──と、思っていた。
「そうなんです。天才なんです、『うちの子』は」
思えば、それがいままでの彼の人生でたったひとつ自覚する、まちがいだった。
「優秀でしょう。有能でしょう。将来は、社長か政治家にしようと思っておりましてな」
なぜ、まちがえてしまったのか。
どんな難解な問いでも、即座に正しい答えを導き出せる頭脳を以てして。
決まっている。
「わたしたちの血を、引いている──というのも、まあ、事実としてはありますしねえ」
思ってしまっていたからだ。正も死も平等であると言い捨てる聡明な彼にとっては珍しく、考えるよりも前に、『思って』しまっていたからだ。
「あの子は、僕らが『この手で育てた』大事な孫ですからね」
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、自分を──型固芽道利という個人を愛してくれているのだと。孫として、可愛がってくれているのだと。
思って──信じようとしていたからだ。
「どうぞ、わたしたちの大事な大事なドーリちゃんを、成功のレールに乗せてあげてくださいな。どこへでも連れ出していってくださいな。──その為にわざわざ、施設からこの家へ、
引っ張ってきたんですから」
人間など所詮みな、同じようなものだと、理解していたはずなのに。
『この子だけは、この子だけは──』
道利の両親は、幼い頃に、事故で亡くなっている。
『きみは子供を抱えて逃げろ! はやく!』
ふたりとも。
『あなたっ、そんな……いや、こないで。目が、変よ……』
殺されている。
『……ごめんね。あなたと、あったかくて楽しい家庭、築けなくて……あなたの成長を、見守ってあげられなくて……あなたはあの人に似て、頭がいいのかな……それとも、わたしに似て、どうしようもないバカなのかな……どっちでもいいけど……どっちでも、わたしの大切な子どもであることに、変わりはないけど……ごめんね。情けない母親で、ごめんね。弱い親で、ごめんね、ごめんね、ごめんね……』
それが、この世の理をすべて見通したかのような男の。
聡明に縛られた、退屈な天才の。
型固芽道利の、初めての記憶。
「あの子の両親、薬物依存で気が狂っちゃったあの事件の、被害者らしいわよ……そうそう、なんでかね、完全に事故扱い、らしいの。警察も、これ以上調べることはなにもないって─
─」
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