七つの前屈ep.型固芽道利「理論順守の最適解?~揺らせ、脳。~」⑥
6.
「やあ、またあなたか……どうかな。僕が予言した場所に、お目当てのモノは、ちゃんと置いてあったでしょ?」
──俺としたことが。不覚にも、すこしむかしのことを思い出してしまっていたようだ。
汚染された大人で混ぜかえるビルと、未来を馳せる子供が閉じ込められた学校から、少し離れたところに位置する公園。そこに佇む占い屋の青年の言葉と、怒った表情で彼の話に耳を傾ける女性の存在には気づくこともないまま、公立域還高校での捜査を切り上げた道利はベンチに座り、事件の整理をしていた。
あらゆる点が重なって結ばれる複雑な糸を、ひとつひとつ瞬間的に解いていく。
「どうしたのさ、そんな怖い顔して。だから言ったでしょ? 僕に嘘はつけないって。信じてよ」
──薬品会社に学校……どちらも、あまり好き好んで立ち入りたい場所ではないな。
『三色公園』。別名、信号公園。
かつてこの公園はその名の通り、青や黄色や赤色の混ざった信号みたいなカラフルな色で賑わっていたらしい。遊具が、ではなく、集まる人が。
行き場を失った若者の巣窟は大抵、駐車場か公園であると相場は決まっている。
「じゃあ、お詫びにいいことを教えてあげるよ。明日また、あなたの会社の【強欲】な富所外専務と、同じビルで働く【嫉妬】に塗れた重想事務員は、ふたりっきりで会うつもりみたいだよ……あなたの大好きな薬を、自分たちの欲を満たすためだけに、利用しようとしているみたいだよ」
──まあしかし、どんな場所に立っていたって、それでなにかが変わるわけじゃない。人間の本質は、そうかんたんには変わらない。
カラーギャング。御旗に塗り上げたその色に誇りと信念を掲げ、領土拡大のために日夜抗争を繰り返す喧嘩屋集団。色塗りのチーマー。群雄割拠の域還市ではほんの数か月前まで、カラーギャング同士の構想が絶えず繰り返されていた。
その中で頭一つ抜けて大きな勢力を持っていたのが、『路地裏の信号機』とも呼ばれる三チーム。
血の赤。涙の青。蜂の黄色。
しかしいまとなってはどこを見渡せど、そんなパレットの名残はない。いろいろな色で塗られていた公園が、血のような真っ赤一色に上塗りされている。
ひとりの男の、勇猛によって。
「変えられないんだよ。僕が、言葉にしてしまった以上ね」
──しかし、今日の公園はやけに静かだな。……やはりあの赤い連中も、なんらかの形で事件に絡んでいるとみて間違いはなさそうだ。
新進気鋭のカラーギャング『スカイレッド』。
族長である硝子張響と、彼の相棒にして右腕である利手川来人の八面六臂の大立ち回りによって、この街の勢力図は、瞬く間にひっくり返ることになった。
戦場の悪魔と呼ばれる彼は、その暴力ひとつで、集結の見えなかった抗争を『ぶっ壊し』たのだ。
「変わらないから、未来なんだから」
──ただ、いまはそれは後回しだ。こどもの喧嘩に割って入ってやれるほど、大人は暇でも、親切でもない。
先にも述べたが。
勇猛な喧嘩屋と聡明な刑事の邂逅は、もう少し先の話だ。
舞台は着々と、整いつつある。
その前にまずは、片付けなければならない問題が、いくつか積まれてある。
問題の解決が、刑事の仕事だ。
「予言しようか。きみはこれから、大変な事件に巻き込まれることになる。……どうしようもなくつまらない僕たちとは違って、ね」
──何が起こっているのかは、もう大方把握できた。あとは白粉撒煙利の居場所と、証拠を集めるだけだな。
白粉撒煙利。しらこまきけむり。極道組織『輪廻会』会長。人間で遊ぶ駒遣い。
刑事捜査のエキスパート、型固芽道利が抱える事件は、最近域還市で横行している薬物事件に関するものだ。
若者を中心に、違法薬物の中毒者が、絶えず検挙されている。一喧嘩屋集団やはぐれモノグループで賄える規模は、もうすでに超えている。
その動きの後ろには、巨大な闇がある。バックに控える悪はおそらく、とんでもない大罪を抱えている。
人を駒として、玩具で遊ぶかのように利用する、【傲慢】を。
「あ、そうそう。これは、もし覚えていたらでいいんだけど……」
──そういえば、あのビルはこの辺りだな……すこし、様子を見に行ってみるか。
刑事は、事件が起こった後でしか動かない。
健康体も博愛主義者も勇猛なデストロイヤーも幸運少女も調和的な優等生も。未来に怯える正直者も。
事件を起こさなければ、大罪にその身を染めていなければ、容疑者ですらない。
どこまでも平等に、無関係な他人。
ただ──探し物というものは、一見関係ないと思われるような所から、いきなり見つかったりするものだ。
「健康なだけの部下と博愛振り撒く受付嬢とも絡みがあったみたいだけど。もしもまた彼らに会うことがあったら、よろしく伝えておいて」
──どこに行ってだれと会おうと、このくだらない毎日が、変わるわけではないが。
型固芽道利は己の推理を頼りに、単身、大罪に迫るために立ち上がる。