後悔で溢れる世界〈b:お悔やみ編〉ep科学者2 「機能的人権の尊重」②


「強烈だな。三科の母さん」

 授業参観。親が子供の授業態度と担任教師の力量を計る場として設けられるその行事はしかし、それほど単純で一方向的なものではない。そこで観察され、評価されるのは、なにも学校サイドばかりではないのだ。深淵を覗く者はまた深淵にも覗かれている──ではないが、事象に対する視点が一つしか存在しないということなどありえない。
 見られているのだ。どれが、だれのどんな親なのか。

「ほんっと、まじ最悪」

 隣の席から囁かれる田中湖陽の声を受け、彼の方には一瞥もくれることなく、芦分三科は嘆息する。

「家でもいっつもあんな調子なんだもん。ありえないでしょ」

 芦分三科は悪態づく。母親に対して。

「まあいいんじゃない? 僕は嫌いじゃないよ、ああいう親御さん。面白いじゃないか」
「どこが。全然うけないし」

 芦分三科は呆れ顔を浮かべる。友達に向かって。

「あれが三科のお母様かー。やっぱ親子だけあって、そっくりだなあ。彼氏として、挨拶しておかなくてもいいかな? した方がいい? するべき? しちゃう? ねえ、ねえ、ねえ」
「しなくていい。うるさいから、少し黙って。夏向」

 芦分三科は注意する。湖陽の奥から身を乗り出してくる、恋人に対して。

「夏向、いまは『黙って授業に集中する』べきだって、時計が示してるぞ」
「はーい。……でもここで騒いで駄目だったならそのときは、思いっきり後悔するだけさ」
「ここでそんな台詞、全然かっこよくないからな。ただ大勢の親子の前で、お前が怒られるだけだからな」
「俺が落としたのは金色の斧でも銀色の斧でもなく、教師と母子からの好感度、ってところか?」

 芦分三科は、現在交際中の彼氏と失恋直後の友人の会話をぼうっと眺める。

「落第しちまえ」
「はは、相変わらず湖陽のツッコミは手厳しいなあ。……まあでも多少の失敗くらいなんとでもないさ。だって俺には、三科がいるんだから」

 後悔誘発機改め少女型補助機三号機、和名『芦分三科』は、ターゲットとその親友──二名の被験者のやり取りを、観察する。

「……ふん。ばっかじゃないの」

 赤く染まった頬から、あくまで機械的に、組み込まれたシステムに従って、口癖設定の台詞を呟きながら。

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