七つの幸運ep.利手川来人「悪魔の利き腕」③
3.
「よお。お前が『スカイレッド』の副族長、利手川来人だな?」
声をかけられ振り向くと、そこにはガタイの良い男が仁王立ちで立っていた。
「……そうだが。だれだ、お前」
「敵に名乗る名などない」
「はっ、なるほどな。味方ではねえと思ってたよ、ガタイーマン」
「だれだそれは。俺は甘宿粒気だ」
「思っ切り名乗ってんじゃねえか」
あまやどりつぶき。それが彼の名前らしい。
「元野球部だ」
「聞いてねえよ」
──もしかしてこいつ……バカなのか?
来人の頭に、疑問が過ぎる。
ただ、忘れてはいけない。ここは人質事件の犯人が立て篭るような場所で、域還市の路地裏には群雄割拠の名残がある。
利手川来人は最強でも、頂点でも、なんでもない。
「俺はただ、落とし物を取りに帰ってきただけなんだが……」
緩みかけていた気持ちを、無理やり引き締める。どこでも戦場になるし、どんな奴が危険であるかもわからない。
そういう世界で、利手川来人も生き抜いてきた。
潜った修羅場は伊達ではない。
「そうか、なら──」
甘宿は、ポケットからなにかを取り出す。角張った黒い塊。それを両手でニギニギと握り込み、頭の後ろに持ってくる──綺麗な、投手のフォーム。
「──命もここに落としていけ」
ブンッ!
空を切り、来人の方に向かって飛んできたのは──石飛礫。
「うわっ!」
来人は慌ててしゃがみ込み、なんとか投擲の軌道から逸れる。標的を捕らえ切れなかった石の球は後ろのシャッターを突き抜けて、倉庫の中へと消えて行った。
「……おいおい、まじかよ」
さすがは元野球部。デッドボールだと即昇天だ。
「避けたな。意気地無しめ」
「なっ、てめっ……! 元ピッチャーなら人の顔面狙って石投げてんじゃねえよ!」
「ピッチャーではない」
言いながら、振りかぶり。
ブンッ!!
二投目。
今度は、来人の頬を掠めていく──カッターで切りつけられたみたいな傷から、赤い血が流れる。そこで発生した多少の摩擦など素知らぬ風に、二つ目の石ころはまた、倉庫の穴を増やしていく。
「俺は外野手だった」
三投目のフォームに入る。
殺戮バッティングマシーンは、止まらない。避け続けるにも限界がある。元球児の肩から繰り出される豪速球に掴まるのも、時間の問題だ。
「ならっ……!」
来人は起き上がると同時に、側に転がっていた棒状の鈍器を拾い上げる──先刻相棒の姉を攫ったチンピラ男が振り回していた、鉄パイプ。
「石ころだか野球ボールだか知らねえが、打ち返してやらあ!」
バットよりも細いパイプを構えて、野球球より小さい石ころが投げ込まれるのを待つ。右打ちの打席。出塁の際はサウスポーの方が一歩近く有利だが、こんな変則的な試合ともなると関係ない。
狙うはサヨナラホームランのみ。
「ふん、おもしろい。貴様に俺の球が打てるかな?」
「るっせえ外野手! 早よ投げろ!」
バカVSバカの喧嘩(ゲーム)、プレイボール。