七つの幸運ep.絡糸繰糸「絡繰仕掛けの舞台袖」④
4.
「はっ。ぜんぶ、お前の掌の上だったってわけかよ──繰糸」
全身を真っ黄色に染めた──まるで蜂のように──男は、地面に仰向けに寝転びながら、視界の端でほくそ笑む女に吐き捨てる。
雀蜂鋭利。すずめばちえいり。『ニードルビー』王将。
「そうね」
黄色い布地に赤い血液をべったりと貼り付けた大将を見下すようにしながら、紫色のパーカーを着た女は、目元までフードを被り込む。
腕のもがれた人形に興味を示さないのは、遊び人の習性だ。
「『ニードルビー』と『スカイレッド』を──あなたと硝子張響をぶつけて、ひとまずこの域還市の裏路地に、最強を据える。わたしの描いたシナリオ通り」
習性といえば。
スズメバチの群は、女王蜂を守るために命の限りを尽くすという。羽をはためかせ、身を焼くことも厭わない。
種族総出で統率の取れた精鋭部隊。
「そのためにまずは来人くんに近付いた」
「あの男が俺の駒になる気はねえことくらいはわかってたさ」
「案外、そんなともなかったかもしれないわよ? 彼、移り気激しいし。うまく使えば、コロッとこっちに寝返ってたかも」
「ふん、裏切り者のてめえに言われたかねえだろうよ」
「裏切る? わたしが? 心外ね、ハナから信頼されてた覚えなんてないけど」
「……あんときのガキが。よく銀将まで登り詰めたな」
「謙遜しないで。あなたのおかげよ」
しかし、どれほど統率の取れた組織であっても、たったひとつの綻びで、いともたやすく瓦解する。糸の解れた人形が、二度と本来の姿を取り戻すことのないように。
たった一匹の毒蜘蛛に、巣ごと絡め取られてしまう。
──こっち、ねえ。一体どこのことを言ってるんだか、この女。
「でも、まさか王将がやられてしまうとは、思わなかったけど」
女は嫌味とも皮肉ともつかない言葉を吐きながらも、深いところの真意はともかく、この結末が己の用意したそれとは幾分違った形に落ち着いたことはたしかだったようで、余裕そうな佇まいのなかにも、いくらか府に落ちない感を滲ませていた。
カラーギャング『スカイレッド』。
新進気鋭の喧嘩屋集団。群雄割拠の抗争地帯に割り込み、たった五人で域還市の秩序を壊して回る悪魔たち。
奴等の現れた空には血の雨が降ることから、ついた忌み名が『スカイレッド(血濡れの空)』。
いましがたこの場所で、最大兵力を誇る『ニードルビー』王将・雀蜂鋭利と『スカイレッド』リーダー・硝子張響のタイマン、事実上の域還市最強を決める喧嘩が行われていた。
倒れている彼を見れば、どちらが勝ったかは明白だ。
「お前は、俺が勝つと思ってたのか?」
「そうなるように指してきたつもりだったけれど。まあ、これはこれでかまわないわ」
「……悪かったな。期待外れに弱くてよ」
「彼が、強すぎたのよ」
弱さとか弱さは、結果だけでしか測れない。起源も、過程も、結末の前では脆弱だ。
圧倒的な力は、指標さえも壊してしまう。
「どうだったかしら? あなたを囲む金銀の城壁、その片翼を担っていた弾さんの失脚と脱退から始まり、三竦みの信号機から生まれた赤と青の共同戦線、五人組の悪魔による横槍……ぜんぶ、路地裏の王として君臨していたあなたと硝子張響を、ここでぶつけるため」
──楽しかったでしょう?
女はしゃがみ込み、鋭利の顔の横に人形を置く。発せられる不穏な雰囲気に似つかわしくない持ち歩きアイテムであるが、この使い古された人形こそが、決して他人に奥を見せない彼女の人間性そのものなのだ。
「ここで王手、よ。おつかれさま」
裏で糸引く黒子の黒幕。
王将の椅子に座しながら、自軍の『持ち駒』を──兵隊蜂の針で刺すように──指していた雀蜂鋭利が、裏路地の勢力図を盤上と捉えていたなら。
紫ずくめの女──絡糸繰糸にとって、域還市は大きなケコミ──人形劇の舞台だった。
「……投了。詰みだ、俺の負けだよ」
役割を失った人形に、立つべき舞台は用意されない。
絡まった糸は容易く解れ、綻んでいく。