七つの幸運ep.穴生革命音詠詞「届けない想い、永久に」③
3.
「あ、あの! 二年生の、あのでもね先輩、ですよね」
ある日の放課後。保護者面談を控えた未知標が下校するのを待っていた詠詞は、二階廊下で後輩の男子生徒に声をかけられた。
その表情は、眼差しは、真剣そのもので。
「僕は、一年の太刀洗っていいます。いきなり声かけて、驚かせてしまってごめんなさい」
火照って熱を帯びた頬は赤く染まり、声は緊張でひどく震えている。
──ああ、なるほどな。
決してそういった経験が豊富というわけでも、特別に直観が鋭いわけでもない詠詞にも、さすがに察しがつく。
これは『あれ』だ。
「僕、ずっと見てました! 先輩のこと……」
後輩くんが言葉にするまでもなく、詠詞は彼の口から漏れる気持ちを汲み取る。
汲み取るのは得意なほうだ、むかしから。隠すのと同じくらい。
心を隠す穴の中は、放っておくとすぐに水で溢れてしまうから。
──なんで、わたしなんかに。
「もし、もしもしもよかったらなんですけど……!」
『なんで、わたしなんかに。』
それは詠詞が、穴生革命音家(一般家庭、比較的裕福)に生まれてすくすくと育ち、物心がついた頃から絶えず自他へと問いかけている疑問であるが、ことこの場合に至っては、普段
のそれとはやや趣を異にしていた。
──『ずっと見てました』? ほんとに? じゃあ、なんでなおさら、わたしなの。
「今日、これから、僕と一緒に帰ってくれませんか!?」
──わたしの傍にはいつも、もっともっともーっとすてきな子が、いるのに。
川は危険だ。浅瀬を揺蕩っていると思ったら、ふとしたときにいきなり、足元を掬われてしまう。
すうぅぅー。ざざーっ。
彼女の意識はそこで、暗く透明な穴の中へと、吸い込まれていく。