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七つの幸運ep.剣筋剣士「剣は腰に、誓いは胸に」③
3.
「頼む! あんたしかいねえんだ!」
昼休みに中庭で剣を振るうのが、剣筋剣士の日課だった。
この日もいつもと同じく、鬼気迫る剣幕で数百回の素振りを終え──実際に戦でも始まるのかというほどの圧力を放つそれは当初は他の生徒から怖がられ、次第に名物となっていたが、いまではすっかり見慣れたようで、もはや自然に同化するほど馴染んでいる──木陰で汗を拭っていたところに、ひとりの男が近づいてきた。
その腰には、剣が差さっている。
「──ぬしも、侍か」
「ちげえよ。この時代に、それも学内に堂々と、侍なんているわけねえだろ」
男の腰に差してあるのは、竹刀だった。剣筋が木に立てかけているのと同じく。
切っ先に刃を剥き出しにした真剣など、校則違反では済まされない。現代日本において完膚なきまでに違法、ふつうに刑事事件だ。社会においては、なにもしていなくても、するつもりもなくても、『なにかができる』というだけで、それは罪になりうる。出る杭は打たれ、尖る牙は折られる。
野に放たれた野犬はただ、飢えるのを待つのみ。
それはなにも、現代に限った話ではないが。
「して、何用だ? 拙者は午後の授業の前に、あと数百剣を振らねばならないのだが」
「げっ、まだやるつもりなのかよ……じゃなくて、そうだ。用といえば」
公立域還高校。幸運少女から調和的学級委員、優等生から不良まで、種々様々な生徒が集う奇異な学校。外界から切り離されて形成されるコミュニティには、それぞれに役割があり、機能があり、派閥がある。
教室もあれば、保健室もあり、職員室もあり。
クラスがあれば、委員会があり、教育委員会があり。
「今週末に行われる剣道部の地区大会の助っ人を、頼みてえんだ!」
部室があって、部活動がある。
「助っ人?」
「ああ」
己の青春のすべてを、そこに懸ける。未来とか、過去とか、現在とか、全部引っくるめて注ぎ込んで、人生を、自分そのものを賭ける。
青春と思春期のその関係はまるで、侍と主君のようで──つまり、憧れとか尊敬とかそういった情を孕みながら、深みに嵌り抜け出せなくなっているわけで。
「このままじゃ俺たち、廃部になっちまうんだよ!」
ここまで必死になる気持ちも、そこに賭ける思いも、剣筋剣士には痛いほど──刀で首を斬られるくらい痛いほど、よくわかる。