─空と海の境界線─
夕陽が落ちる。空から、海へ。
だからわたしも、追いかけようとして、飛び込んだ。
あまりにも綺麗で、手が届きそうだったから。
でも、あまりの冷たさにびっくりして、思いっきり水を飲んでしまった。しょっぱい。不格好に手足をバタバタとさせるわたしの周りに、魚たちが集まってくる。きっと、肺でしか呼吸のできないわたしのことを、笑いにきたのだろう。
地球の七割は海だという。
その体積のほとんどを、こんな塩っ辛い液体で埋め尽くしてしまうなんて、この星を作った神様はきっと、たいへんな泣き虫だったんだろうな。
大きくなれば、水の中でも息ができるようになるって思ってた。でも現実は、息苦しさばかりが大きくなった。
同じ肺呼吸の人たちからも、煙たがられるような視線を向けられることも増えた。わたしはタバコじゃないってのに。
夕陽を掴まえるのは諦めて、ぷかぷかと海面に浮かぶことにした。
目の前には、空が広がっている。どこまでも続く、大きな空。羽を広げて飛び回る鳥たちは、わたしのことなど見向きもしない。
空は、地球の十割だ。
たまに思う。星の下の方、地面辺りは地域によってバリエーションに富んでいるというのに、なぜ空はどこも一辺倒なデザインなんだろう、と。
大人になれば、背中からニョキニョキと翼が生えると思ってた。でも現実は、不安とか、焦りばかりがニョキニョキと育つ。水をあげてるつもりもないのに。
いま、ちょっと分かった気がする。
空がどこも似たようなデザインなのはきっと、寂しくならないようにだ。
離れ離れになった大切な人とか、まだ出逢っていないだれかと、同じ景色を目に入れられるように。
……なーんて考え、ちょっとおばさんクサイかな。
小さい波に合わせて、しばらく小刻みに揺れていた。
流れていく雲を見ていたら眠たくなって、そのまま目を瞑る。
気が付けば日は完全に落ち切って、辺りは暗くなってしまっていた。ついさっきまで、世界は青々とした空と、海に覆われていたはずなのに。
自分が、なにか世界の大きな流れから取り残されたような気がして、急に心細くなった。
それは、二十歳の誕生日とか、大学の卒業式に感じた心細さと似ていた。
自分が、自分という一人の個人ではなく、『大人』という存在にカテゴライズされてしまうような感覚。
現実の時計は、わたしを追い越して、どんどん先に進んでいってしまう。
だから、もっと高く、もっと早く、飛び出さなきゃ。現実に追われるんじゃなくて、わたしが自分の時間を生きられるように。
防波堤をよじ登って、制服のスカートをギュッと絞る。
塩っ辛い海水が、地面にわたしがここに来たという跡を描く。
世界のどこかには、空と海が交じり合う場所があるという。リアル水平線が。
エラもなければ偉くもない、翼も地位もない、まだ、ただの女の子なわたしだけど。
いつかその場所に、辿り着きたいと思う。
たとえそれが、だれかの妄想が産み出した目の錯覚や、偶像だとしても。
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