『七つの前屈』ep捺鍋手愛須「振り撒くハクアイ~溢れ、愛。~」②
2.
「ねえ、そこの淀んだ目をしたお姉さん。わたしが愛してあげるわ!」
捺鍋手愛須。おしなべてあいす。薬品会社『アクタボン』本部が入る、『オーセンビル』の顔。たったひとりの受付嬢。
「淀んだ目をした、って……わたしのこと?」
重想妬未。おもおもいねたみ。『オーセンビル』内に本部を構える人材派遣会社の事務員。嫉妬深い愛人。
現段階でこのふたりに、特にこれといった接点はない。おそらく、互いの名前さえまだ知らない。強いていうならいま、捺鍋手愛須が重想妬未に告白したという程度だ。
「そう! あなたよ、あなた。わたしが愛して止まないのは」
しかし、『捺鍋手愛須が告白をした相手』という属性は、彼女の周囲において、特別な情報には成り得ない。
それは『捺鍋手愛須と言葉を交わしたことがある』という情報とほぼ同義だ。
なにせ、この受付嬢は出逢う人間全員に告白して回るのだから。
「好きよ。大好き。愛してるわ」
この受付嬢は、だれにでもこういうことを言ってしまえる女なのだ。
好きだとか、愛してるとか。軽率に、軽薄に。
公私関係なく──老若男女見境なく。
愛を振りまいて、好きを伝えれる女なのだ。
「……そう。ごめんなさい、わたし、急いでるから」
なにをもって人は人のことを好きになれるのか。
人が人のことを好きになったといってしまえるのか。
わからない。たぶん、だれにも。
それは人類が──おそらく人類誕生以前から、動物が、生き物が、神々が、ずっと取り組んできた終わりの見えない命題だ。
絶対愛の不可視こそが、皮肉にも、唯一存在する永遠なのだ。
ただ。
「そう、わかったわ! また会いましょう、愛しのマドモアゼル」
たったふたつ、確信を持って言えることがあるとすれば。
捺鍋手愛須はだからといって、悩んだりも落ち込んだりもするような女ではないということと──
彼女の振りまく「好き」が、その永遠に終わりを告げるようなことは、決してないだろうということくらいだ。