後悔で溢れる世界〈b:お悔やみ編〉ep.科学者2「機能的人権の尊重」⑨
9.
「なんなんだろうな。機械と人間の違いとは」
「おや、その答えなら、わたしは知っていますよ」
とある会議室。
授業参観の観察業務とその後の三号機との接触を終えた芦分シルク、もとい女性科学者とその上司であり社長である男性科学者の会談。
「ヒトとして生まれたなら人間、道具として造られたなら機械です」
機械によって親友を失ったかつての少女と、その機械を造った天才の会合。
「……よく覚えているな。そんなむかしのこと」
「忘れられないんですよねえ、この言葉だけは」
「結局、俺はお前の名前を知らないままだ」
「お互い様でしょう。わたしも、あなたの名前は存じ上げませんし」
「まさか、あのときのお嬢様がここまで憎らしい科学者になるとはな」
「あのときはまさか、目の前の白衣がハピネスウォッチの開発者だったとは思いもしなかったですねえ」
二人の科学者は、会話する。話し合う。お喋りに興じる。
一見、友好な雰囲気で。
「……憎くないのか? 俺のことが」
「もちろん、憎いですよ。何度も言っていますが、わたしはあなたを恨んでいます」
女性科学者は軽薄な微笑のまま、抑揚に富んだ声のまま、友の仇と相対する。
「でもそれ以上に、この場所が居心地好いんですよ」
あなたの隣が、安心するんです。
女性科学者は照れもせずに言い放つ。
「そうか……。さあ、休憩は終わりだ。そろそろ、八号機の開発に取り掛かろう」
「ええ、そうですねえ。人類の発展と幸福は、まだまだこれからです」
不老不死の化け物。
だれにでも平等なはずの時間からも切り離された、おそらく歴史上最も愚かな天才。
妻も娘も置き去りにして生き続ける、哀れな上司。
「わたしが死ぬまで、わたしはあなたの傍にいますよ」
そんな彼ならば、自分よりも先に死ぬことはない。
もう二度と、あんな辛い思いをしなくても済む。
優しいお嬢様にとって、だれかに死なれることは、自分が死ぬよりも怖いことだった。
「あなたはその後もずーっと、生き続けてくださいねえ。人類のために」
そうして女性科学者、さしずめ科学者2は。
忘れたかった過去から。
現代の問題から。
後悔から、目を逸らし続ける。
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