『七つの前屈』ep.捺鍋手愛須編「振り撒くハクアイ~溢れ、愛。~」⑧
8.
「……まあ。べつに、罪でもなんでもないんだけど。──恋愛は、自由だものね。愛には劣るけど」
愛の悪党退治。
桃太郎が鬼ヶ島を滅ぼすのも、浦島太郎が竜宮城に現を抜かすのも、金太郎が熊を薙ぎ倒すのも。
すべては、愛が故だ。
その種類が親愛であるのか、情愛であるのか、友愛であるのかなど、些細な話。
「でも一応、規定は規定──この『オーセンビル』は、たとえ会社が違えど、同ビル内部の色恋沙汰は御法度なのよね」
全方位三百六十度に愛を振り撒く八方美人の情報網は、どんな小さな罪も見逃さない。
好きしかない彼女の目に、隙はない。
公園でふたりの不良児の恋愛話を聞いてから思うところがあったのか、愛須はふたたび、職場へと戻っていた。
そして、目撃する。
「好き、好きよ。愛してるわ」
「ふん。ほかの男にも、同じようなことを言ってはないか?」
「そんなばかな! わたしが好きなのは、あなただけ。愛してる」
【強欲】に私腹を肥やす男と、【嫉妬】に身を焦がす愛人の蜜月。
「……汚らわしい」
愛は愛でも、親愛でも純愛でも友愛でもない、ただの博愛を振りまく受付嬢は、そう吐き捨てる。
苦虫を噛み潰すように──苦い薬を飲みこむように。
「それも、妻子がいる身でありながらなんて、外道ここに極まれりよね。気持ちの悪い」
仕事があって、立場があって、お金があって。妻がいて、娘がいて。
それでも、そこに愛があるとは、限らない。
「じゃあ、そろそろ」
「もう帰るの?」
「ああ。家内が待ってる」
「……そう。夜、連絡するから」
「待ってる。……じゃあ、例の件、よろしく頼むよ」
重想妬未が急いでいたのは、決して彼女が勤勉な淑女だからというわけではなく、単に、一刻も早くやるべき仕事は終わらせて愛する不倫相手に会いたいからという、もはや純情なの
かなんなのかよくわからない女心からであり。
駆ける彼女の背中が、少女のようなそれを帯びていることに、気がいかなかったわけではないだろうが。
「でも好きよ。愛してる。妬未ちゃんも賄賂さんも、わたしはどっちも平等に、愛してるわ」
それでも捺鍋手愛須は、博愛を決して捨てない。