七つの前屈ep.未知標奇跡編「プロット通りの三者面談~歩め、道。~」②
2.
「……ですから、特にこれといった問題は見受けられませんね。あなた方のお子さんは比較的、優秀な生徒ですよ。未知標さん」
寝待伏未来。ねまちぶせみらい。教師。公立域還高校二年二組担任。
「そう言葉にされるとなんだか照れちゃうなあ。でも、奇跡ちゃんが優秀な生徒であることくらい、お父さんもお母さんもわざわざ言わなくたってわかりきってるよ、せんせ!」
未知標奇跡。みちしるべきせき。女子高生。公立域還高校二年二組在籍。
「先生な、いまはご両親とお話してるんだ。すこし静かにしてくれないか」
「でも、これは三者面談だよね? 保護者と先生と、それに生徒との三角形の対談でしょ? だったら、奇跡ちゃんにも発言する権利はあるはずだよね!」
「……お前、テストの回答は山勘ばっかりのくせに、小理屈を捏ねるのは達者だよなあ」
「はーい、親の前で女子生徒を『お前』呼ばわりは違うと思いまーす!」
「先生な、そこは公務員の矜持として、市民の血税で生きる者の使命として、権威とか風評とかには縛られない働き方を標榜してるの。身を削って時流に抗ってんの。この姿勢はむしろ、称えられるべきものなんだよ」
「うっそだー。先生、いつも『俺は楽したいから教師になった。ほら、俺が頑張ってるとこなんてお前らただの一度でも見たことあるか? ないだろ?』って言ってんじゃん。口癖じゃん!」
「子供が大人の真似をするな。というか、そんなことを言った覚えはありません。口癖にしては長すぎるし、いちいちどんだけ尺取るんだその文言。俺の誠意の籠った授業中にそんな幻覚見るなんて、ったく、これだから夢見がちなガキは……」
「あー、いまガキっていった! せんせが生徒をガキって言ったよ!」
「……あのな、未知標」
「おとうさーん、おかあさーん、せんせがため口の呼び捨てで呼んでるよ?」
「これはお前に向けて発してるんだ未知標奇跡。そこは親に投げんのかよ。大暴投もいいとこだろ」
「なれなれしいよね!」
「お前にだけは言われたくないかなあ」
教師にとっては七面倒極まりない三者面談──未知標家は夫妻揃ってやってきたので実質四者面談(精神的負担が増える、ってかそれなら先生とご両親でもう三者だからやっぱり未知標お前は黙れ)だが──も、ようやくマ行に入り佳境を迎え、寝待伏教師の精神もだいぶ困憊していたのだろう。
もとより彼の精神は、初めからゆるゆるなのだが。
ただ完全な社会には出たくない一心で教師という職を選んだ怠惰な男は、生徒の進路に深く関わる高校二年生前期の三者面談を、こう締めくくる──
「……とまあ、こんな感じで」
──こんな感じって、どんな感じだ。
しかして、そこは未知標奇跡。
彼女の固有スキル、確約された幸福。アントラブルメーカー。
「未知標奇跡さんは、一切なんの問題もなく、学生生活を、青春を謳歌していますよ」
決して真面目とはいえない彼女には、掘られると厄介な素行もないではなく。
担任教師が面倒を嫌う怠惰の業を背負っていたことも、その教師とそこそこの親密度を保っていたことも、提示可能な情報としては最もわかりやすいテストの点数だけは、持ち前の山勘で高得点を取得していたことも、元を辿るというか身も蓋もないことを言えば、彼女の両親が疑わしきは罰せずの優しい性格であったことも。
『運がよかった。』
その一言に尽きる。
「やっぱり愛されてるなあ、奇跡ちゃんって」
未知標奇跡は今日も、幸せを噛みしめる。
どうせ幸福であった過去のことになど、想いを馳せることもなく。