【短編小説】紙面の事実
春の選抜大会、みたいなものが、新聞部にもあればいいのに。
そんなことを考えながら、喜六は部室の窓から覗く『祝! 陸上部全国大会出場!』と書かれた垂れ幕を、常備しているインスタントカメラで捉える。
「……って。こんなに堂々と垂らされている情報、知らない方がおかしいよな。スクープには程遠いか」
溜息を吐きつつ、インスタントカメラのレンズを、今度はグラウンドを走る陸上部生の方へと運ぶ。シャッターを切ろうとしたところで、これではただの盗撮と変わらないと思い直し、指を止める。強豪校に数えられて久しくも、いまいち結果を残せずにいた女子陸上部は昨年、スーパーエースの活躍により悲願の全国出場を果たすことになった。彼女達の特集でも組めれば……と想像を巡らせるが、インタビューをセッティングするにはその部活顧問への許諾を始めとしたハードルが多すぎることに考えが至り、吐く息はさらに深くなる。
「なにか面白いスクープは、ないものだろうか……」
情報は、待っているだけで向こうからやってくるものではない。スクープは、自分の脚で掴み取るものだ──という信念の下に学内を駆けずり回った彼が記者として記録したものは、何組のだれそれが付き合っているだとか、昨日から探していた落し物が見つかっただとか、ウサギ小屋で飼育されている茶ウサギのピョンちゃんのいつも通りの愛くるしさとか、およそ校内新聞のネタとしては些か不十分な内容のものばかりであった。
「せめて、教師陣にまで届くくらいのネタがほしいものだな」
部屋に蔓延する二酸化炭素の比率がどんどん高くなってきたところで──新たな風が、舞い込んでくる。
ばんっ! と勢いよく扉が開かれる。疲れ切った記者の身体を通して生成された重苦しい空気は流れ出ていき、代わりに、新鮮な空気と、凛とした雰囲気を纏う女性が入ってくる。学校既定の学生服ではなく、動きやすさに特化したジャージに身を包んだその女性は、鋭い視線を部屋の隅々に向けている。まるで、獲物を狩る鷹のような眼圧。
思いがけない突然の来訪者に、記者の反応は速かった。制服の右ポケットに入れていた手帳とペンを即座に構え、彼女が放つ第一声がなにであるか、聞き逃すまいと全神経を耳に集中させる。
情報の香り。にわかに浮き足立つ。
左胸にも手をかけるが、要件を聞き出すのも待たずして、これをいきなり突き付けるのはさすがに失礼に当たるかもしれないと考えて、やめておく。現代社会はプライバシーに敏感だ。報道に携わる者として、その辺の線引きは、きちんと守らねばならない。
まずは落ち着いて話を聞こうと、来客をソファに促し、自分はその向かいに座る。
「──え? 僕に取材してほしい人がいる、ですか」
結果から言えば、第一声から第三声くらいまでは「おはよう」とか「お邪魔します」とか「いきなりごめんなさいね」というような、社交的な挨拶だったわけだが(当然といえば当然だし、記者は律義にも、それすら一字一句きれいに書き記していた)、その後に持ち込まれた本題に関しては、手帳を埋める文字列に飢えていた彼にとって、まさに願ってもない申し出だった。
「そう。我が域還高校が誇る校内全土の情報版、新聞部が発行する校内新聞に、取り上げてほしい生徒がいるのよ。そしてぜひ、彼女の取材は部長である撮記取くん、あなたに直々に受け持ってほしくてね」
公立域還高校新聞部、その部室。
新聞部の部室には、これまでに取材して得た多くの情報が詰め込まれている。それはつまり、この部屋がそのまま個人情報の溜め場となっているということで、部員以外の生徒の立ち入りを許可することはほとんどない。が、それが生徒ではないのなら、話は別だ。
二年生にして部長を務める撮記取は、机を挟んでジャージの女性と向かい合う。彼女の風貌は若々しくはあるが、セーラー服を自然に着こなせるような年齢には、さすがに見えない。
「双対坂先生から直々のご指名とは、なんという光栄! もちろん、もちろん引き受けさせていただきますとも!」
二つ返事で承諾する。もとより、断る理由などあるはずもなかった。
校内新聞は新聞部員の手によって脱稿後、職員室を通して教育委員会の承認を経て、創刊される。手持ちで読めるサイズは全校生徒の一割程刷られ、中でも大きく扱っている数記事を抜粋したポスター版が、本校舎の各階、各学年の二組と三組の間に掲示される。
更新頻度は新聞部の活動進捗によってまちまちだが、前回の張り替えは約二月前──つまり、当時は一年生であった撮記取新部長が就任してからは、まだ一部も新聞が出来ていないのである。
それでは新聞ではなく、古聞だ。
常に新しい情報を伝えてこそのジャーナリズム──スクープを取れない記者に、情報屋としての価値はない。春の選抜大会があったとしても、予選敗退が関の山だろう。輝かしい全国の舞台なんて、夢のまた夢だ。見限られたのか、顧問も全然、部室にも顔を出さないし。
「よかったわ。あなたならそう言ってくれるって、先生信じてた」
「もちろんだ! それで、その特集を組んでほしい生徒というのは、何年生の、だれなのですか?」
「決まっているでしょう」
綺麗な所作で脚を組み直す双対坂(ふたつざか)先生。撮記取の期待は、どんどん高まる。ジャージ姿の上からでもわかる、扇状とは対極な、健康的な下半身。
脚を酷使するスポーツに従事してきたことが一目でわかる、その美脚。
「かわいいかわいい、我が陸上部のエース──速水風脚月の独占インタビューを、新聞部にお願いするわ」
──よしきたっ!
心の中で、撮記取はガッツポーズを取る。
速水風脚月。はやみかぜあづき。
陸上部の新キャプテンにして、長年の悲願を形にしたスーパーエース。
気持ちがはやるのも無理はない、二ヶ月ぶりの新刊の発行の兆しが、ようやく見えてきたのだ。春先だというのに未だ『本校学年別インフルエンザ感染者数グラフ』が大見出しで掲示されたままの新聞ならぬ古聞を剥す時が、ようやく来るのだ。
これから域還高校の情報版となる、新・新聞部部長、撮記取喜六のジャーナリスト魂は、滾っていた。
「じゃあ、そういうことだから。よろしくね」
「あ……ちょっと待ってください、先生!」
脈打つ心臓に意識を傾けたことで、その付近、制服の左胸ポケットに備えていた機械の存在を思い出し、喜六は部室から去ろうとする先生の後ろ姿に、声をかける。振り返った彼女の鋭い眼の前に、その機械──ボイスレコーダーを、ずい、と突き出す。
「その前に。あなたの口からも速水風さんのことをいくつか、お聞かせ願いたいのだが」
取材開始。ときに失礼を恐れていては、記者は務まらない。
○
『うん、わたしが陸上部キャプテンの、速水風だけど……ああ、取材? きみが新しい部長さんなんだ。べつにわたしはかまわないけど……あ、双対坂先生が? ふうん。え、先生のこと? それは、まあ、良い先生だと思うよ。みんなからは怖く思われがちだけど。去年全国大会出たときも、すごく、喜んでくれたし。ふふっ、ありがと。そんなことないよ、わたしなんてまだまだ全然……先輩方とか、みんながいてくれたからだよ。結局、全国ではなにも結果残せてないし。そうだね、今年は、バランス良いと思う。短、中、長と走れる子が揃ってるし。お互いに、良い刺激を与え合えるんじゃないかな。……とかって言うと、どうかな、ちゃんとキャプテンっぽいかな。えへへ。うん、今年も絶対に、全国は行くよ。なんならその勢いのまま、目指せ優勝! とか、宣言しちゃおっかな』
○
『陸上部エース・顧問と二人三脚で掴んだ全国大会!』
二ヶ月ぶりに、掲示板の校内新聞が張り替えられた。季節外れの感染症喚起に飽き飽きしていた生徒たちは、歩きながら横目で流し見たり、立ち止まって文字の一つ一つを読み込んだり、それぞれ思い想いの興味を示す。
去年悲願の全国出場を果たした陸上部の特集、とはいえ大多数の生徒からすれば自分とは無縁の些事なはずだが、人間というものはその内容如何に関わらず、『目新しい情報』というものには、興味を惹かれるものなのだろう。そしてそれはきっと、永劫変わることのない生物の性だ。
「うむ。大反響、大反響! 特集を組んだ甲斐があるというものだな!」
本校舎二階、二年二組と三組の間に備えられた掲示板の前に陣取って腕を組み、撮記取部長は自身が監修した校内新聞を満足そうに眺める。執筆時、刊行時、掲示後とすでに幾度となく隅々まで目を通しているはずだが、己の血肉を賭けた産物なら、どれほど眺めても決して飽きることはないのだろう。
「二人三脚、か」
静かな声。
撮記取の横に、女子生徒。
制服の上から白いカーディガンを着込んだ、大人しそうな少女。
「ほんとかな」
後ろ髪を束ねるウサギのヘアゴムが、大人びた雰囲気にあどけなさを足している。ミスマッチではあるが、彼女はわざと、自身のイメージを現在の外姿に沿ったものになりすぎないように留めているようにも感じられる。
まるで、そこに髪だけではなく、なにか大切な思い出まで、括り付けているかのような。
「なにかな。この公立域還高校の新・情報版、撮記取喜六の書いたこの記事が、嘘だとでもいうのか?」
掲示情報の真偽を怪しむかのような呟きを落としたその女子生徒に、喜六は聞き捨てならない、といった風に詰め寄る。書き手として、横で吐かれて、あまり気分が良い台詞ではない。
「この記事、あなたが書いたの?」
「ああ、そうだとも! よく読むといい。面白いだろう」
「ちゃんと、取材はした?」
「は?」
女子生徒は記事から目を離さず、つまりは、喜六と顔も合わせようとせず、そう吐き捨てる。喜六は今度は明らかに憤慨した様子で、彼女の横顔に唾を飛ばす。
「当たり前だろう! 顧問の先生の許可を得て、ちゃんと独占インタビューを行って書いたに決まっている!」
「顧問の……もしかして、先生から直々に取材をお願いされた、とか?」
「む……なんで、それを」
「やっぱり」
しばらく読み込んでいた校内新聞から離れて、女子生徒は頭の後ろでウサギを揺らしながら、窓の方に歩く。陽の落ちかかった放課後のグラウンドでは、夏の全国大会予選を控えた陸上部生が、汗を振りまく姿があった。夢に向かって、必死に練習に励んでいる。
喜六はなんだか、その光景に、どこか物悲しさを感じてしまう。なにかが足りない感覚……掲示板と同じく張り替えが施行された垂れ幕から、『祝!』の文字が消えたからだろうか。いや、それは速水風部長に取材したときにもうっすらと感じたから、きっと、自分とは縁遠い眩しい青春に、嫉妬してしまっているだけなのかもしれない。
それでも彼女たちは粛々と、夢の舞台へ向けて、走り出している。風のように
「風の噂なんだけど。どうやら陸上部って、顧問と生徒間の関係は、あんまりよくないみたい」
「え……そんな。しかし、顧問は、かわいい生徒って」
「自分の評価を上げてくれる生徒は、それはそれは、かわいいでしょうね」
「それに速水風先輩だって、双対坂顧問は良い先生だと言っていた」
「それはそう言うでしょ。わたしだって、いきなり突撃インタビューされて、担任の先生の評価を聞かれたら、そう答える……良い先生だと思いますよ、って。たとえ、心の中では、そう思ってなくてもね」
テレビなんかではよく、事件を起こした犯人について、近隣住民や関係者が『そんなことする子には見えなかったんだけど……』などと語る取材映像を目にするが、実際問題、いきなり他人の印象を聞かれて、ネガティブな答えを返せる人間など、そう多くはいないだろう。
悪い人だとは、思いませんでした。
良い先生だと、思うよ。
『思う』とは、なんて無責任な言葉だろう。断定の拒否。
事実は、曖昧にこそ宿る。
「ちゃんとボイスレコーダーには残してる? その先輩のインタビュー」
「いや、それは顧問にきつく止められてしまって……『取材は生の声を聴くものでしょ。機械になんか頼るな』って。それで結局、先生からの取材も敢行できずじまいだ」
「なにそれ。じゃあ、記憶を頼りにこの記事を書いたってこと?」
ウサギ髪の少女は、視線をまた、校内新聞に移す。喜六は慌てて否定し、右ポケットから取り出した手帳を彼女の眼前へと突き出す。
「そんなことはない! インタビューの内容は、一言一句ちゃんとメモ帳に残して……ほら!」
差し出された文字列に、しばらくじっと視線を這わせてから、女子生徒はその手帳を、喜六の手から取り上げる。
「ふうん……ほんとうに一言一句書き写してるんだ。じゃあ、この記事は、あなたのこのメモを頼りに書いたってことか」
「そういうことだ。だから、問題はないだろう」
「でも文字だと、感情までは読めないよね。その人がどういう気持ちでその言葉を発していたのか……音で届けるよりは、わかりづらいよ」
言いながら、パラパラとページを捲る彼女。
そして、あるページの、ある文字に注視する。
「ちょ、ちょっと! 大事な情報が入っているんだから、勝手に読むんじゃない!」
「これ。ここ、『おはよう』って書いてあるけど……陸上部の顧問があなたの部室にきて、特集依頼を持ち掛けたのって、朝のことなんだよね?」
「ん? ああ、そうだ。さすがに新聞が発行できない期間が続いて、焦っていてな。早朝から、スクープを探していたから」
喜六は相手が発した言葉の一言一句を、そのメモ帳に記している。
授業が始まる前に、部室を来訪してきた顧問の言葉も、ちゃんと。
体育教師らしい、時間帯にかっちり合った、気持ちの良い挨拶だった。
「そんな折に、この取材依頼をいただいてな。すぐにでも記事にしたいと思い、その日の陸上部の練習終わり、速水風先輩を突撃したというわけだ」
「そうして取材したメモ通りに、記事に起こした?」
「いや。それから一度、双対坂先生に添削してもらって」
「それはいつ?」
「いつ、って……たしか、取材をした翌日、だったかな」
添削時のやり取りは、喜六もよく覚えている。担当記事欄だけでなく、なにせ新聞全体の監修なんて初めてだったし、顧問に聞いてもろくな教えを得られなかったから、見出しについては取材の依頼人である双対坂先生に、大変世話になったものだ。
「おかしくないかな」
「おかしい?」
「いや、おかしくはべつに、ないんだけど。わたしだったら」
陸上部の『走る』というイメージと結びつきやすいように、『二人三脚』というワードを入れてみてはどうか、という案を提案してくれたのも先生だった。おかげで、爽やかな良い記事に仕上がったと思う──そこまで考えて。喜六の脳裏にも、ざわっとした、後味の悪い感覚がかすめる。そうして、また、原因不明の物悲しさが、押し寄せてくる。
なんだろう、この感覚。
すでにもう、頭には浮かんでいるのであろう、心がそれを理解することを拒んでいるのであろうその問いを、事実を、突き付けるように。女子生徒は、また、グラウンドの空に繋がる窓に、身体を預けて。
「わたしがもしも、陸上部の顧問なら──大事な試合を控えたかわいい教え子の練習なら、ちゃんとみててあげたいって、思うけどな」
静かな、彼女の声。その後ろでは、青春に身を削る運動部の掛け声が響き渡る。
野球部の外野手が、監督から叱咤される声。
サッカー部のキーパーが、コーチから罵倒される声。
水泳部の指揮を執る、顧問が吹く笛の音。
そして──陸上部の、キャプテンが、みんなを鼓舞する声。
そのグラウンドに、陸上部顧問の姿は、なかった。
「陸上部は毎日欠かさず、朝練もしてるはずだよ?」
人の目もまばらな始業前にいちゃつくカップルや、昨日の失くし物を探すために早めに登校してきていた生徒への取材ともいえない聞き取りに疲れた喜六はあの朝、部室の窓に項垂れながら、たしかに見ていた。グラウンドで風を切り、汗を流す陸上部生の走り姿を。
だから、ひと際驚いたのだ。その部活顧問であるはずの双対坂先生が、新聞部の部室に現れたことに。
「でも、それはたまたま、授業の準備とか……!」
「放課後も、会わなかったんだよね。部活後すぐに、突撃取材を敢行しても」
物悲しい、なにかが足りない、どころではない。
そこにあるはずの、あって当然のものが、陸上部にはずっとなかった。もはや形骸化してしまっている新聞部に所属するものだから、喜六には気付きようもなかったが──しかしそれは違和感として、たしかにそこにあった。運動部、それも全国を狙う強豪。技術指導も必須なはずの環境に、教育者の影が、どこにも見当たらなかった。
「若さへの嫉妬とか、ただの怠惰とか、色々理由は考えられる……わたしたちには知りようもない個人的な諍いがあったのかもしれないし、もしかしたらこんなの全部、考え過ぎの妄想なのかもしれない。でも、ひとつだけ、たしかに言えるのは」
女子生徒はメモ書きのびっしり詰まった手帳を、突き返すように喜六の掌に載せる。
「『顧問と二人三脚で全国大会出場を果たしました!』なんて、速水風先輩は一言も言ってないよね──このメモを見る限りでは。って、ことだけかな」
新聞は、事実を伝えるためにある。しかし、だれも見られない刊行物からは、なんの価値も生まれない。文字に起こす過程で、それを読まれる経緯で、その情報は、だれかの解釈を孕んだ文脈になる。
真実なんて所詮、それぞれの心の中にしか、存在しえない。
「……だな。しかし僕は、事実に反することを書いたつもりはない」
必死に拾い集めた情報が、たくさん詰まった手帳を手に。やっとの思いで張り出した掲示板の前で、喜六は、すこしだけ、背を丸める。
「そっか。じゃあ、友達が呼んでるから、わたしはもう帰るね」
廊下の奥、一組の方から、彼女の名前らしきものを呼ぶ声がする。友達だろうか。呼び声の主は、白カーディガンの女子生徒に比べると、いくらかあどけない。声に向かって流れていく後ろ姿を眺めながら、喜六は不釣り合いなヘアゴムで括られた想い出の正体を、なんとなく想像する。これも無責任な解釈を生むかもしれないと考えるとちょっと怖いな、と思いながら──喜六は彼女の背中に、ひとつだけ、質問をぶつけてみる。
記者としてではなく、ひとりの、青春の一員として。
「僕の書いた記事は、面白かったかい?」
女子生徒は、一瞬、立ち止まって。振り返りもせず、静かに。
「まあ……未知標ちゃんを待ってる間の、暇つぶしにはなったかな」
わたしだったら、好きな子がこういう取り上げ方をされるのは絶対嫌だけど──そう言い残して、彼女は友達の方へと、帰っていく。
最後に付け加えられた捨て台詞はよく聞こえなかったが、喜六は突き返されたメモ帳に、いまあった出来事を、書き記しておく。一言一句書き写すだけではない──それは今度からちゃんとボイスレコーダーを使おう──自身の経験から得た知見を、自分の言葉で。
『事実は、新聞よりも奇なり。やはりウサギは、茶色がかわいい』
〇
これは余談というか、後日談というか、また別の話なのだが。
この校内新聞の刊行より、数か月後。公立域還高校陸上部は再び、全国大会の出場を果たし、見事全国三位という大快挙を成し遂げることとなる。そうして、肩を組んで満面の笑みをみせる速水風部長と双対坂顧問の一面が載った新聞が域還市中に流布されることになるのだが──その頃には域高の情報版として数多のスクープ記事を手掛け、新聞という形で校内全土の情報を伝えていた撮記取喜六新聞部部長は。
陸上部の全国三位という一大スクープだけは、断じて、取り上げようとしなかったらしい。
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