後悔で溢れる世界〈a:後回し編〉ep科学者1 「朽ちない罪、果てない罰」⑤

5.

 この冷静異様な科学者も、かつてはただの人間だった。

 否、「ただの」という表現ではいささか語弊がある──類稀に見る才覚を有した逸材ではあったのだが、それでも人類の枠をはみ出るほどのものではなかった。

 日本の元号が、まだ平成であった頃。

 田中湖陽が恋に落ち、鈴木夏向が頭を悩ませ、芦分三科が仕事を全うし、榊枝七科にエラーが起こり、科学者2が蔑笑を浮かべながら報告書を作成する現代から、遡ること百数十年前。

 彼──ここでは便宜上、榊枝ロードとしておこう──は、ひとりの夢見る若者だった。
 日夜実験と調合に追われ、論文とレポートに迫られる真面目で優秀な大学生だった。

 これから語るのは、まだ世界から後悔が消える前の時代。

「ねえ。わたしたち、そろそろ付き合わない?」

 人々が、選択を手放す前の時代。

「もちろんだよ。本当は僕から言いたかったんだけど……よろしくね」

 化け物が、まだ人間だった頃のお話。

「ふふっ。ああ、幸せだなあ……ねえ、わたしたちこれからずーっと、一緒にいようね」

 不老不死が、ありえなかった時代の切り抜き。

「どちらかが死ぬまで──さ」

 二人の男女の、甘ったるい恋の歴史。

いいなと思ったら応援しよう!