後悔で溢れる世界〈a:後回し編〉ep.榊枝七科「大っ嫌いだよ」②
2.
「ねえねえ、それでそれで、何パーだったの? 湖陽くんと、七科ちゃん」
榊枝七科──自立型後悔誘発機の『七号機』は教室に到着するなり、クラスの女子に取り囲まれた。
愛嬌に溢れた可愛らしい容姿に加え、活発で天然な性格も相まって転校早々から高い人気を誇っていた彼女だが──それはもちろんロボットとしてのそういう『設計』であるし、更に言えば彼女の人気もクラスメートの時計の選択に依るものなのだが──今朝の女子陣の熱量はいつにも増して高かった。
「あ……え、えと……六十四パーセントだったかなあ、たしか!」
そんな、七科の返答を受け。
取り巻きの少女達の間で飛び交う視線が、激しく交錯する。
「聞いた? 六十四だって」「あー微妙だなあ……」「そう? わたしが思ってたよりは、割と高めだったけど」「でも六十台じゃあ、もって高校までかなあ」「それはわかんないよ。わたしのお姉ちゃんは五十二パーセントで結婚したし」「まあ、とにかく今後の七科ちゃんと湖陽くんのハピウォチ次第だねー」「ところで、その相手の湖陽くんって、どんな子?」「さあ……」
無言の会話が始まってから終わるまで、その間0.8秒。これといった結論は出ない。
女子高生のディスカッションなんて、往々にしてそんなものだ。
「そっか、六十四パーセントか。がんばってね、応援してるから!」
予鈴が鳴る。穿った好奇心を腹の底に押し込め、愛想笑顔で無難な言葉を残してから、女子生徒たちは自分の席へと戻っていく。
女は本音を語らない。そして他人の色恋に、やけに拘る。
人類がどれだけの年月を刻もうと、その本質は変わらない。
「六十四パーセントで、田中湖陽の告白を受け入れる……か」
榊枝七科は、左手首に巻いている時計を手で撫でながら、小声で呟く。
「おかしいよね……わたしのこれはみんなのとは違って、ただの飾りなのに」
脳内に組み込まれた回路から流れる指示に従って、ターゲット──田中湖陽を納得のできる後悔に導いているだけなのに。
七号機は、首にそっと指を這わす。そこにはあのデートの日に、田中湖陽が付けてくれたチョーカーが巻かれている。
「なんで……あんな嘘ついちゃうんだろう」
ふつうの──あくまでこの時代の、ではあるが──人間のように、時計の表示を気にする素振りを、人間のフリをしちゃうんだろう。
七号機は頭を抱える。
「田中湖陽と、もっとずっと一緒にいたいだなんて……考えちゃうんだろう」
人間の本質が変わらないのは、むかしからだが。
機械が嘘をつくなんて。ましてや、恋をするなんて。
そんな話は虚構の物語のなかでしか、聞いたことがない。