『七つの前屈』ep捺鍋手愛須編「振り撒くハクアイ」⑤
5.
子の育ち方は、両親からの愛情の受け方に大きく左右されるという。
捺鍋手愛須が、その出生を経てどういう娘に育ったのかは、想像に難くない。
ならば、どのような学生生活を送ることになったのかも、容易に推し量れる。
「今日からこの宴慎高校に通わせていただきます、出席番号二番、捺鍋手愛須ですわ。みなさん、ご機嫌麗しゅう」
ただ、捺鍋手愛須という少女は、賢かった。
生まれながらに、本来ならばだれもが平等に享受するべき幸運を手放し、その人格を不健康なほど壊した彼女は、その変わり、といってはなんだが、とても利発で才気に溢れていた。
才能がある者は孤独に陥るものだが。
もしかすると、孤独こそが才能を育てるのかもしれない。
だから理解していた──人懐っこい笑顔の下で、人肌に火照た体躯の裏で。
おそらく自分は、だれにも理解されないと。
「わたくし、皆々様のことをとーっても、好ましく思ってよ。どう、お近づきになる気はないかしら?」
己に自信のないものが、自身の能力を卑下するように。
およそ外交的ではない人間が、あえて滑稽な道化を装うように。
「あら、残念……白けた反応ですこと。でも好きよ、愛してる。わたしはだれも、差別しないわ」
愛されることを知らない乙女は、奔放な愛を吹聴する。
「改めまして、よろしくお願いしますわね──わたしの愛する、クラスメート達」
彼女のどうせつまらない学校生活の描写はここで一旦、割愛する──愛だけに。
「……なーにが、『愛する』皆々様だよ。性根が透けて見えてんぜ」
──と。ここで、愛を割って入れてもよかったのだが。
しかして、そこは捺鍋手愛須。だれもを愛し、だれからも愛されない女。愛と洒落を掛けて、綺麗に落とせるはずがない。
「心のなかは、鏡張りならぬガラス張りかよ。くっだらねえ」
加々美神鏡。かがみがみかがみ。神の誤算が生んだ鏡像。一人っ子の合わせ鏡。
捺鍋手愛須の同級生にして、後に同僚となるその少女は、彼女を睨む鋭い眼光と喰ってかかりそうな牙をすっと隠して──光の屈折で反射しなかった情景のように、まるでなかったもののように振舞い仕
舞って──自己紹介を始める。
「こーんにーち……じゃなかった、おはよーございまーす! 出席番号三番、か・が・み・が・み・かがみです! 言いにくい名前だけど、噛まずに呼んでくれたらうれしいなー!」
おそらくそうすれば、ちゃんとみんなから愛されるであろう、取っつき易いキャラクターを開示する。
そしてもちろん、彼女のことも。
捺鍋手愛須は、大好きになった。