七つの前屈ep未知標奇跡「プロット通りの三者面談~歩め、道。~」⑧
8.
「というわけで、面談は以上になります」
「わあ、気持ちいいくらいなんでもなかったように振る舞うんだね、せんせ!」
刑事は結局、寝待伏以外のだれと接触することもなく、学校を後にした。
きっと、『そうするべき』だと判断したんだろう。
自己の脳で、考えて。
「うん? べつに、なにもなかっただろ。なんだ、不安になるようなこと言うなよ」
「あれ? あのお巡りさんはじゃあ、奇跡ちゃんの幻覚?」
「そうそう、幻覚だよ幻覚。未知標、お前はいつも幻ばっかり見てるんだ」
「もうー、それだと奇跡ちゃんが、なんだかばかな子みたいじゃん!」
「まあ、どっちかというとな」
「あーっ、バカって言った方がバカなんだよ! せんせのバーカ!」
「ほう……俺は『まだ一言もバカとは口にしていない』ぞ?
」
「──はっ、しまった!」
「バカはお前だ、未知標奇跡」
「ぐぬぬ……してやられたよ!」
とても親の前でする会話だとは思えないが、この教師と生徒の関係値を考慮すれば、まあ、ぎりぎり許容範囲といったところだろう。未知標家の両親は、それで激昂するような性格でもない。
いってみれば、未知導夫妻にとって。
一人娘が無事に生まれて、すくすくとここまで育ってくれたことがすでに、なによりの幸運なのだから。
未知導奇跡の『幸運』は、彼女のみならず、その周囲にも強い影響を及ぼす。
嵌ったら抜け出せなくなるほどに。あるいは、畏怖を覚え逃げ出したくなるほどに。
「でも実際、そんなもんなんだよ」
「そんなもの? なにが?」
「嫌なこととか、面倒なことがあったときは、そんなものは幻かなにかだったんだと割り切って、目を伏せて、寝てる間に嵐が過ぎ去るのを待てばいい。案外、大抵の物事はそれでなんとかなるもんさ。俺の人生の哲学だ」
「ふうん……目を伏せて、かあ」
「有名な諺にもこうある。『待てば成る、待たねば成らぬ、何事も』ってな」
「へえ、そうなんだー。さっすがせんせ、はくがくだね!」
怠惰と幸運は、相性が良い。
身に降りかかる偶然を幸せだと受け止められるのはがんばらないやつだけだし、恵まれた人間は才能を持て余す。
努力したやつにはなにが起こっても、それが『運』の結果ということにはならない。正当な対価、賜物になってしまう。打ち破るべき壁がなければ、どんな知恵も腕力も無に等しくなる。
「ま、大人にはまだまだ勝てないということがわかっただけでも、ひとつ勉強になっただろ。ラッキーだったな」
「うん、なんてったって奇跡ちゃんだからね!」
そうして、特にこれといった解決すべき問題も起きぬまま。
あるいは、目を伏せて、気づかないふりをしてやり過ごしながら。
「じゃあ、あとはきちんと考えて進路希望の用紙を提出するようにな」
「はーい、そんなの考えなくても、なに書くかなんてわかりきってるけどね」
大罪に塗れた教育者と退屈を抱えた女の子の面談は、終局を迎える。
「だって奇跡ちゃんの幸せは、女神さまがぜーんぶ、運んできてくれるもん」
物語にしては抑揚を欠きすぎたストーリーラインに、意味深なセリフを落として。