七つの前屈ep.型固芽道利「理論順守の最適解?~揺らせ、脳。~」⑨
9.
「くそっ。なんで、なんでだよ……!」
自らの手首に巻かれる手錠を忌々しく見つめながら、男は呻く。
「なんでここに、『模範解答』がいんだよ……くそっ」
模範解答。チンピラ連中の間で広まる、型固芽道利の異名。
思えば彼は、ずっとそういう呼ばれ方をされてきた。
ずっと、正しすぎるほどに正しかったから。
つまらないくらい。
「ちっ……! 『モスキート』といい、どうなってやがんだこの街はよ……ほんとついてねえぜ」
「モスキート……ああ、赤いチンピラ軍団の頭か。大方、奴の身内でも拐って袋叩きにする算段でも立てていたんだろうが、無駄だな。あの男は、自分にとって邪魔なものはなんでも破壊する」
幸せな女子高生が女神様に導かれるように、聡明な刑事もただ少女姿の正体不明に促されるまま、倉庫街に来たわけではない。
そこで倒れていた男が、傲慢な極道会長──『輪廻会』の白粉撒煙利の駒として、クスリのウリをさせられていたことにも、すでにアタリを付けていた。
考えれば、すぐにわかることだ。
閑散とした公園。行き交う赤い服の若者。異常のない学校。
これだけの情報があれば──
『硝子張響はおそらくなんらかの事件に巻き込まれていて、それはカラーギャングの構成員に伝達できる類いのものではなく、早急に解決すべき突発的な問題であった』
型固芽道利が、その答えに辿り着くのは容易だ。
「さあ、署でたっぷりと吐いてもらうぞ──白粉撒のことについてな。お前の名前など、後回しだ」
そこから、件の人質事件の顛末を、ほとんど正確に脳内で展開できる。
考えれば、すぐにわかる。
点と点が、即座に結ばれる。
まるで、断続的な連なりを持った舞台を眺めるかのように──結末の見え切った世界を、冷たく見下ろしている。
とはいえ世界の結末や断続的な連なりなど、語るにしてもまだ早い。ありえない規模の拡がりと深みを有して展開される物語がひとつの終結を迎えるのは──一連の事件のような文脈が収束するのは、まだまだ先の話。
次の舞台の主役は、彼。
刑事捜査のエキスパート。
無慈悲な法の番人。
空欄知らずの模範解答。
才能に縛られた彼が理解し難い感情に出会うまで、あと──。
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