後悔で溢れる世界〈a:後回し編〉ep.榊枝七科「大っ嫌いだよ」③

3.

「で、どうなの。田中湖陽との進捗は」

 昼休み。

 芦分三科──自立型後悔誘発機の『三号機』は、気怠そうに頭をくしゃくしゃと掻き毟りながら、眼前の少女──少女の形状を模したロボットの妹機──に、ぞんざいな言葉をぶつける。

「ふつうだよ。あの日以来。わたしたちは正式な恋人関係を結んでる。もちろん、彼が自身の意思に従って、選んだ選択に依ってね」

 榊枝七科と芦分三科は同級生だ。

「そう、順調そうね。お父様とお母様にも、良い報告ができそう」

「うん。三科姉の方は、ターゲット──鈴木夏向との関係性に、進展はなし?」

 そうして、姉妹でもある。

「なに、嫌味のつもり? 進展もなにも、あんたの影響……というか、形式上の『親友』である田中湖陽の影響を受けて、後悔を乗り越えるかと思ったら。あいつ、寸前でブレーキかけちゃうんだもん」

「『今夜話がある』──とまで呼び出されたはいいものの、結局その夜、特になにも言ってこなかったんだよね。もったいないなあ」

 ただの女子高生にしか見えない彼女達はしかし、どちらも二人の科学者によって生み出された、ロボットなのだ。

「たぶん、意識までは引き出せていた……はずなんだけどね」

「でも、それだけでは意味がない。わたしたちの任務は、言葉にされて初めて達成したことになるんだもんね」

「そ。あんたのターゲット、田中湖陽のようにね」

 田中湖陽のようにね。

 なんでもないように呟かれた姉の言葉、それを吸い取った七科の耳の奥で、あのとき彼から放たれたいくつもの告白が波打つように反響する。

『行かないでほしい』
『僕は好きだ、七科のことが』
『僕のことを好きになって……一緒にいてくれるかい?』

 そして、瞼の裏で焼け焦げるのは、いまにも泣き出してしまいそうな、真剣な彼の表情。

「そう……だね」

 七科は頬が熱くなるのを感じていた。

 もしも手元に鏡があったならば、彼女は茹蛸みたいに真っ赤な顔をした少女と目が合い、笑ってしまっていたことだろう。

「ねえ、お姉ちゃん」

「なに、七科」

 しかし彼女達は、鏡など持ち歩かない。ごく一般的な女子高生のように、周りの目を気にして化粧を直すようなルーティンは存在しない。

 ロボットはそもそも、存在自体が偽りだ。

「鈴木夏向くんのことを、どう思う?」

 それは奇遇にも──血の繋がりはないとはいえ、『親子』であるからには当然といえば当然なのかもしれないが──後悔誘発機の極秘会見の日、開発者である科学者1が、定時報告に現れた三科に投げかけた質問と、同じ内容のものだった。

「どう、って言われても」

 対する三科の返答も、同様に。

「ただの、やりやすい試験対象だなあ、としか。もとよりわたしたちには、好きも嫌いもないでしょう?」

 同じ答えを返す。

 そもそも後悔を感じることのない機械には、成長も変化もない。

「好きも嫌いもない、か……」

 よく頭を触るのは癖ではなく脳部の回路を確認しているだけ。

 鈴木夏向に告白したのは彼との関係性を変動させてみただけ。

 あの日以来距離が近くなったように思えたのは、七号機の成果を受けて、実験を次のフェーズに移行させただけ。

 後悔の消えたこの世界は、科学者と機械の、意図と意味によってのみ成り立っている。

 そんな世界で、最高峰の技術と愛とアイデアを総結集して造られた最新鋭の発明品は。

「うん、そうだね。まったくもって、その通りだよ」

 誤魔化すみたいに、嘘を吐く。

 まるで、在りもしない心を閉じ込めるように。

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