『七つの前屈』ep.未処方硲「薬要らずの健康体~侵せ、毒。~」②
キャラクター原案・表紙絵提供:うめたま
2.
「未処方。この書類を、専務に届けてくれないか」
政宜館翳。せいぎかんかざし。薬品会社『アクタボン』営業課。優秀過激な仕事人間。
「はい。わかりました、政宜館先輩」
未処方硲。やくいらずはざま。薬品会社『アクタボン』営業課。無病息災なボーダーライン。
「相変わらず素直だな、お前は」
飄々とした体で先輩の指示を受ける未処方に書類を渡しながら、政宜館は感心と呆れを交えた声で呟く。
「え? 上司の言うことを素直に聞き入れない部下が、この世に存在するんですか?」
それに対し未処方は、さも当然といった風な言葉を返す。至極真っ当な反応。おかしな感覚でも図抜けた感性でもない、普通の、当たり前の常識を振りかざす。
「聞き入れたくない、聞き入れるべきではないときも、あるんじゃないか」
「まあ、そうかもしれませんね。けど、だからといってやはり聞き入れないわけにはいかないでしょう? どうせ働きたくて働いてる人なんて、ほとんどいないでしょうし」
未処方硲は相手の言葉を否定しない。いつも中間にいて、だれの気持ちもなんとなくわかるから。
「人間が全員、みんながみんな生きたいから生きてるわけでもないのと同じように」
だけどそれと同じく、完全な肯定も滅多にしない。いつも狭間に立って、だれの気持ちも、なんとなくでしかわかってないから。
「……そうだな。死にたくないから生きてるだけの人間が、ほとんどだもんな」
同僚。上司と部下。それだけの関係。それ以上の関りは、この二人にはない。
そもそも未処方硲にとって、深い繋がりのある人間を探せというほうが難しい。
「じゃあ僕、この資料、専務に届けてきますね」
どんな仕事を任されても、嫌な顔ひとつしない。傷つかない。気に病まない。
「気をつけてな。どんないちゃもんをつけられるか、わかったものじゃないぞ」
「大丈夫ですよ、うまくやってみせます。それにそういうことなら尚更、女性である政宜館先輩ではなく、僕が行った方がいいでしょう」
ただ書類を届けるだけとはいっても、相手が相手だ。『アクタボン』の専務は己の欲望の為なら手段を選ばない強欲魔で有名、社内で彼との接触を取りたがる人間はまずいない。
それでも、未処方硲は気にしない。
「僕は基準点。プラスはなくとも、マイナスもない平均ですから。波風は立ちませんよ」
真面目で無遅刻無欠勤。
健康で健全。
ただそれだけの、つまらないサラリーマン。
未処方硲は、今日も飄々と労働する。
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