七つの前屈ep.未知標奇跡「プロット通りの三者面談〜歩め、道。〜」⑨
9.
「ふん……ふんふん……ほおぉ……はあ~」
「なにやってんの、未知標」
公立域還高校二年一組の教室。
夕日が差し込む淡い学び舎に、二人の男女が佇む。
「なにって、まんがを読んでるんだよ!」
「それは見たらわかるが」
「だったら話しかけないでよね、せんせ。いま、奇跡ちゃんしゅーちゅーしてるんだから!」
とはいえ、彼と彼女は先生と生徒。
まかり間違っても、色恋のようななにかには発展しない。
恋を億劫がる教師と、愛を天に委ねる女子高生では、恋愛の種は実らない。
あたりまえだが。
「お母さんもお父さんもお帰りになっただろ。なのになんでお前はまだ教室に残ってるんだって聞いてるんだよ」
「『それはね……先生と、二人っきりになりたかったからだよ?』」
「はあ?」
「あ、ごめんせんせ、いまのこれのしゅじんこーのセリフ」
「急に音読するな」
「いやー、でも見入ってるとついつい声に出して読んじゃったりしちゃわない? なんか、自分もその世界に入ってる気分になっちゃうっていうかさあ」
「さあな、先生はあんまり漫画読まないからな。勤勉だから」
「あー、もしかしてせんせ、まんがは教育上よくないとか言っちゃうタイプの大人だ! 現代の教育者としてあるまじき態度のひとだ!」
「うるさいなあ、もう。集中してるんなら黙って読めよ」
漫画の持ち込みはたしか校則違反ではあっただろうが、そんな細かいことは気にしない。
怠け者も幸せ者も、神経質には務まらない。
「まあ、もうちょっと待っててよ、せんせ! でもちゃんの三者面談が終わったら、いっしょかえる約束してるんだー」
でもちゃん。
穴生革命音詠詞。あのでもねえっと。『本音』を隠した女子高生。未知標奇跡の幼馴染。
漫画で言えば、初回ではヒロインの親友だったのに回を重ねる毎に出番が減ってきて、いつのまにかそのポジションを別のキャラクターに取られてしまった──みたいな立ち位置にいる少女。
「穴生革命音か。そういえばお前、まだあいつと仲良かったのか?」
「あったりまえじゃん! 奇跡ちゃんたちは、小学校の頃からのお友達だもん!」
そんな役回りの人間が、未知標奇跡の──彼女の『幸運』性の周囲には、たくさん転がっている。
まるで、彼女に恋をした女神さまが、天から相応しい人間を取捨選択するように。
「ふうん……ガキの友情は崩れるのも一瞬だからな。せいぜい、いまを楽しめよ」
「だいじょうぶ! 奇跡ちゃんたちの未来は明るいよ!」
そーしちゃんとの人形ごっこ。絡糸躁糸の投げやりな選択。
あたりくんとのお付き合い。月辺離信徒の他人事ではない畏怖。
でもちゃんとの登下校。穴生革命音詠詞の心地の良い末路。
「しかしなあ、どうにも先生はそういう漫画とか、あんまり面白いと思えないんだよな」
「え? なんで?」
「だってさ。漫画って、読んでたらだいたい、先の展開がどうなるのかとか、わかってきちゃうじゃん」
彼ら彼女らと過去を振り返らない幸せな少女のエピソードは、また別の機会、そう遠くない先の未来、歩んだ道の向こう側──。
「それってなんていうか、ものすごく──つまんなくて、退屈だよな」
今回の舞台の主役は、彼女。
超幸福のラッキーガール。
女神さまの横恋慕。
アントラブルメーカー。
『幸運』に愛された女子高生──未知標奇跡。
「そっかあ……うんうん、たしかに。そう思っちゃうかなー、奇跡ちゃん的にも!」
不幸を知らない彼女が夢を抱くまで、あと──。