七つの前屈ep未知標奇跡「プロット通りの三者面談~歩め、道。~」⑤
5.
とはいえ。
未知標奇跡にさして語るべき過去がなかろうとも、彼女の周囲、行き過ぎた『幸運』性その周辺においては、いくつか言にするに足る痕跡は残っている。
物語が転がっている。
女神さまが奇跡ちゃんのために用意して、奇跡ちゃんのために置いていったエピソードは、なにも未知標奇跡の一人芝居、孤独なロンリー活劇というわけもなく。
その戯曲には、登場人物が不可欠だった。
友達役とか。幼馴染役とか。同級生役とか。
両親役とか。先生役とか。
恋人役とか。
「僕、その、えっと……好きです! みちし……奇跡ちゃんのことが! 僕と……僕と付き合ってください!」
月辺離信徒。つきあたりしんと。奇跡の元恋人。他力本願な他者依存。
かくして、純情な少年の告白は、見事に天真爛漫な幸運少女を、女神さまから奪い取ることに成功した。
ただ、多くの色恋がそうであるように、このふたりの交際も、ただ純粋な恋慕の情で成り立っているわけではない。
博愛とか、色欲とか。
嫉妬とか、溺愛とか。
色々混ぜこぜで、なんとかぎりぎり形を保っているのが愛であり、恋だ。
未知標奇跡が少年の告白を受け入れたのは、女神さまが『そうするべき』だと教えてくれたからで──具体的には、『ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り』で、「付き合う」という選択肢が選ばれただけのことで。
入学試験のマーキング問題や、購買のパン選びと同じく。
彼女はお付き合いをする相手の決定でさえも、天に委ねた。
「いいよ、あたりくん! これで奇跡ちゃんたち、カップル成立だねー。照れちゃうなあ」
そして。
「ありがとう、奇跡ちゃん……! そうだね……これで僕たち、ちゃんと、カップルだね」
月辺離信徒が、未知標奇跡に告白したのは。
かわいいからとか、優しいからとか、馬が合ったからとか。
安心するとか、キスしたいとか、ではなく。
彼女のような幸せそうな女の子の隣に立っていればきっと僕も相乗効果的に、幸せっぽくなれるだろうなあ──みたいな、邪な打算からであった。それでも。
それでも未知標奇跡は、幸せだった。
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