『七つの前屈』ep捺鍋手愛須編「振り撒くハクアイ~溢れ、愛。~」④
4.
「あなたはわたしが、たくさんたくさん、愛してあげるからね」
捺鍋手愛須の母親は、深い親愛に満ちていた。
愛須は、たくさんの愛を浴びせられながらこの世に産み落とされたのだ。
「あなたたちは、わたしが、たくさん愛してあげるから」
産み落とされたときは、たくさんの愛を浴びせられていたのだ。
「あなたもわたしは、愛してるからね」
ただ。
愛に溢れていたといっても。
愛が浴びせられていたといっても。
その愛が、自分に向けられたものであるとは、限らない。
「この子が産まれたら、親子三人水入らずで、仲良く暮らそうね」
捺鍋手家が、両親の理想図と反して四人家族になることを彼女たちが知ったのは、妊娠八カ月目のことだった。
母は困惑した。自身の身体に、三つの命が宿っていることに、生命の神秘以上に、どうしようもない重圧と不安を抱えていた。
父も混乱した。愛すべき妻と暮らすこの家に、二人も新参者が割り込んでくることに、家長の責任以上に、なんともいえない嫌気と不満を感じていた。
ようは、億劫だった。面倒だった。
出産がもう少し遅かったなら、どちらからともなく、口に出してしまっていたことだろう──「わたしたちの子供は、ひとりだけでよかったのにね」。
なにもかもがぎりぎりだった。じり貧の家庭環境だった。経済的にではなく、精神的に。
「あいすは、おとーさんとおかーさん、だいすきだよ。あいしてる」
それでも。
捺鍋手愛須は、母を愛した。父も愛した。持ちうる限りの博愛を、振りまいた。
「愛は受けるものでしょ。与えるものじゃない」
捺鍋手恋須。おしなべてこいす。捺鍋手家長女、両親からの『溺愛』を独占するモテ女。
一卵性双生児。愛須の双子の姉。似すぎても似つかぬ、反転した鏡像。
ありえたかもしれない未来。そうなっていたかもしれない人格。奪われた個性。
「だからやめてくれない、媚売るの。恥ずかしいし、気持ち悪いから」
溢れるほど注がれるはずだった両親からの愛を、根こそぎ吸い取っていった、血を分け合った姉妹。
「──……──……──いやよ! わたしは、こんなにもおねえちゃんを、愛しているのだから!」
捺鍋手愛須は、そんな姉のことですら。愛、す。
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