『七つの前屈』ep.捺鍋手愛須編「振り撒くハクアイ~溢れ、愛。~」⑥
6.
「で。お前はそいつの、どこがそんなに好きなんだよ」
「いっぱいありすぎて、わかんねえな」
「たとえばだよ」
「かわいいところとかわいいところと、かわいいところかな」
──好き、ねえ。どうせ、くだらない恋愛感情でしょ。
「……他には?」
「あと、かわいいところも!」
「ひとつしかねえじゃねえか」
──ほら。やっぱり、つまらない。
夕刻。愛須は仕事帰りに通りかかる公園に、ふたりの不良児の姿を目撃する。
ひとりは、開いたスマホの画面(だれかの写真?)を眺めながら、楽しそうに話す、高校生くらいの男。
もうひとりは、頭にバンダナを巻いた、二十歳くらいの男。
ともに、全身を真っ赤な装いで包んでいる。
「ひとつじゃねえよ。あの子には、いろんな『かわいい』があるんだよ」
「はっ。お前、学校通いながら、逆にもっとバカになっちまったんじゃねえか? やめたほうがいいぜ」
──いろんな『かわいい』、ねえ。それには、まあ、同感ではあるけど。
「やめねえよ。奇跡ちゃんに会えなくなるだろ」
「キセキ? それが、てめえをそこまでバカにした女か。写真だけじゃなくて、名前までバカそうだな」
「バカバカ言ってんじゃねえよ! たしかにバカかわいいけど!」
「……やっぱお前、バカだな」
──恋は、かんたんに人を狂わせる。嫉妬とか、色欲とか、汚らわしい罪に、その身を晒すことになる。
「バカでいいんだよ、俺は。彼女を守れる男なら」
──低俗だ。
「あの子の為なら俺は、なんだってするぜ」
──恋心なんて。
「………………。へえ。どうやらまあ、本気は本気みてえだな」
──キモチワルイ。恋をして、一緒になっても、その相手との間に生まれたものすべてを、平等に愛せるわけじゃない。
「ああ。……それに、かわいいは、いっぱいあってもさ」
──だったらわたしは、そんな邪な感情はいらない。友愛も、情愛も、親愛も、溺愛もいらない。たったひとりを愛する恋心なんて、不健全だ。
「『好き』って気持ちは、ひとつなんだよ。たったひとり、あの子だけに向けられた、特別なんだ」
──だからわたしは、みんなを平等に愛する。わたしはだれも差別しない。
捺鍋手愛須は、ゆっくりと。
──わたしには、真実の愛だけで、博愛だけで、十分。
ゆっくりと、真っ赤な不良から視線を外す。
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