七つの前屈ep.硝子張響「血塗の赤春~壊せ、傷。~」②
2.
「な、かわいいだろ」
利手川来人。ききてがわらいと。『スカイレッド』の副族長。痛みにも痒みにも届く右腕。
「あー……なんつうか、バカそうな女だな」
硝子張響。がらすばりひびき。『スカイレッド』族長。暴力で統べる裏路地の王。
とある平日の、昼下がりの公園。多くの人間が労働や学業に身を窶すその時間に、彼らは公園のベンチに座って駄弁っていた。
「そのバカっぽさがまたいいんだよ。なんていうか、安心するんだ」
自身のスマートフォンを隣に座る男に自慢げに差し出しているのは、
カラーギャング『スカイレッド』の副族長にして族長の右腕、利手川来人。
現役高校生であるはずの彼だが、出席日数なんかを気にしていては、不良は務まらない。
ボタンを全開にした学生服の下から覗き出る赤いパーカーが、露骨に剥き出しになった思春期の反骨心を表しているようだった。
「ふん、くだらねえ。女漁りに通ってんなら、学校なんて辞めちまえよ」
差し出された画面を一瞥して鼻を鳴らすのは、
カラーギャング『スカイレッド』族長、硝子張響。
腕っぷし一本で裏路地の悪ガキ共を束ね、頂点に君臨するこの街最強の喧嘩屋。
抗争が起こるたびにだれよりも敵チームの返り血を浴びるその姿は、畏敬を込めて『モスキート』とも呼ばれている。
血を吸いまわる戦場の悪魔。
痛くも痒い災いの虫。
「べつに学校なんて、いつだって辞めてやるよ。俺にとって一番大事なのは、スカイレッドだからな。俺の居場所はここだけだ」
カラーギャング。
誇りと魂を旗に掲げたその一色に込め、日夜縄張り争いを繰り返すチーマー、喧嘩屋集団。
暴力よりも言論が力を強めた現代において見る影のなくなったかに思えたその文化はしかし、平成末期のいまに置いても脈々と受け継がれていた。
スポットが当たらない舞台にも、世界はたしかに拡がっている。
たとえ見えなくとも、暗闇の中で影は蠢く。
そしてこの域還市の闇──健康で文化的な仕事に明け暮れる労働者や、調和の保たれた学び舎で勉学に励む学生たちとは切り離された、殺伐とした公園はいま、赤一色に染まっていた。
ひとりの男の勇猛な戦いによって。
そしてそれを支えた、相棒のたゆまぬ努力によって。
「でも、あの子のためにも俺は進級しなきゃなんねえ。勉強ばんざい!」
「結局女なんじゃねえか。ったく、色恋に溺れやがって……」
血で血を洗う抗争を繰り返した末に。
域還市全体が、『スカイレッド』の巨大なテリトリーになっていた。
この街はすでに青も黄色もない、立ち入り禁止の危険なレッドゾーンと化している。
「愛とか恋とか幸せとか、くだらねえだけだろ」
無数の傷の頂点に立つ猿山の大将は、指を鳴らしながらため息を吐く。
同族を喰った猛獣が、唸り声を上げるように。
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