七つの前屈ep型固芽道利「理論順守の最適解?~揺らせ、脳。~」
3.
「だから、うちの学校に薬物に手を出すような生徒はいませんって。お引き取りください」
寝待伏未来。ねまちぶせみらい。公立域還高校二年一組担任。面倒くさそうに教壇に立つ教育者。
彼のその、生徒を守るかのような態度が、そんな殊勝な心持ちからくるものではないことも、道利にはわかっている。
お見通しである。
そもそも、これまで彼を担当した教員は軒並み──小学一年生の担任から大学四回生時の研究室の教授でさえ──型固芽道利のことが苦手だった。
与えた問題にすべて、即座に正しい答えを当てはめられると、あまりい良い気持ちはしない。それが仕事とはいえ、一種の恐怖すらも感じてしまう。
学年が上がれば上がるほど。勉強の難易度が増し、回答が複雑になればなるほど、教師陣の彼に対するアレルギー反応は強くなった。
自分を正しいと思って生きてきた人間ほど、自分以上に正しい人間を受け入れられない。
しかも学校の先生というのは基本的に、社会経験のない、勉学以外に趣のない者がほとんどだ──正しさや間違いの基準はすべて、テストの点数によって決まる世界しか知らない。
常に高得点を叩き出す型固芽道利は、その教室のだれよりも賢くあるべき教師にとって、畏怖の対象であったのだ。それはなにも、必ずしも大げさな表現、というわけではなく──実際に道利の【聡明】を目の当たりにすることによって、その優秀性に触れることによって、どうしようもない『正しさ』に、己が積み上げてきたなけなしの正義を打ち砕かれてきた教育者は、少なくない。
なんのことはない。聡明な捕縛者も勇猛な喧嘩屋同様、いろいろなものを”ぶっ壊して”生きている──違いがあるとすれば、それに自覚があるかないか、あるいは気づかないフリができているかどうか、でしかなく──しかしこのふたつの退屈が衝突するのは、もうすこし後の話。
彼と彼が遭遇するのは、赤一色に血塗られた公園。
この物語の舞台は、緑生い茂る森林のような調和に覆われた教室。
「いまやっと未知標……とある厄介な女子生徒の三者面談が終わったところでしてね。僕が早く帰りたいんで、あなたも帰ってください」
──の、隣のクラス。愛され少女の【幸運】性に支配された、調和よりも安寧の取れた世界。
「仮にも教育者である立場が、そんな態度でいいのか」
「いいんですよ。入学から卒業まで、滞りなく流れる時間を見守るのが、愛すべき生徒を抱える担任教師のお仕事です」
しかし、どんなものにも例外はある。諸行無常の世で、老いも朽ちもしない不老不死の化け物が生まれる未来もあるように──そこに正義など、正しさなどそもそも有さない男には、大罪に手を抜くことに甘んじる怠け者には、どんな罰も響かない。
後悔も反省もしない人間に、法は機能しない。
「……そうか。じゃあ、次この域還高校に来るときは、隣のクラスでも、当たってみるとしよう」
「それがいいんじゃないですかね。あそこはうちとちがって、『事実上の特進クラス』とか言われてるくらいですし。金髪ギャルがいたり、カラーギャング所属の不良生徒とか多いし、なにかと収穫はあるかも」
自分が関与しないことは、どうでもいい──それは型固芽道利の生き様と似ているようで、非なるようで──そんなスタンスを見せる寝待伏の対応に、道利の脳がどんな最適解を導き出したかは、またいつか、語ることがあるかもしれないとして。
偶然にも、ここに個性を挙げられた数人の生徒の名詞と文脈を重ねて、どこかで展開されるかもしれないとして。
型固芽道利は学び舎を後にしてから、煙草を咥え、ライターに手をかける。
頭の上に圧し掛かるどうしようもないやるせなさを、煙と共に、空へ吐き出すために。