かっこいい大人
かっこいい大人とは何だろうかと考えてみる。
逆にかっこ悪い大人は日常生活でもけっこう目にするのですぐにイメージが湧く。
不潔
自慢話
愚痴
迷惑たばこ
迷惑飲酒 ・・・等々
とするとかっこいい大人はそれらの逆で、
清潔で謙虚で愚痴を言わず、酒たばこはマナーを守ってたしなむ人。
一般的にはそんな感じかもしれない。
これまで仕事で出会ってきた大人たちの中で、印象に残っているおじさんがいる。
私がまだ20代の頃に出会ったそのおじさんは、ある出版社の編集部長で、酒癖はちょっと悪いけれど面倒見が良く、部下からも同僚からも慕われて人気があるおじさんだった。当時40代なかばくらいだったと思う。
ある日、その部長を含めて何社かの出版社の編集部長クラスのおじさん達と居酒屋に行った時、着席するなりおじさんが
「俺、今の会社を辞めようと思うんだ。」
と囁くのでも怒鳴るでもなく普通にさらりと言い放った。
そのおじさんと十年以上の付き合いがある他社の部長さんらも、最初は冗談かと思ったようだが、あまりにも冷静な様子にどうやら本気で言っているのだと気が付いて、考え直すように説得し始めたが本人の気持ちは変わらないらしい。
もともと仕事の愚痴や文句をぜんぜん言わないおじさんで、もっとこういう事やりたいと夢を語ったり、あれはうらやましいくらい良い仕事だったと他社の仕事を誉めたりする人だったので、何が不満だったのかは語られなかったが、自分の仕事内容と立場等にどうしても不満があり、それが是正される見込みが無いのが嫌なのと、ほかにやりたい仕事が出来たのが退職したい理由のようだった。
その二週間後には社長に対して
『本当に言ってはいけないひと言』
をしっかり言って辞表を渡して退職する事となったそうだ。
何を言ったのかはわからないけれど、その連絡をしてきてくれたおじさんの直属の部下は、苦笑しながらもとても楽しそうだった。
退職が決まった後、同じメンバーで同じ居酒屋に集まって、送別会が開かれた。
おじさんはこれまで長年世話になったお礼を丁寧に伝え、彼の後を引き継ぐ部下を紹介した。
「退職して、次の仕事はどうするのか?」
「もう何か見つかっているのか?」
など今後について質問されると、
「演劇部だったし役者にでもなろうかな」
と答えてにこやかにお別れしていった。
その場の全員が冗談だと思っていた。
二か月程したある日、テレビを見ていると
再現ドラマの中に刑事役でそのおじさんが出ていた。
アパートのドアを開けて警察手帳を見せながら
「警察です」
と言う背広姿のおじさんに、私は言いようのない嬉しさがじわじわと湧き、猛スピードで夢を実現させたかっこよさにしびれながらも、
「いやいや、警察じゃなくてXX社の編集部長やないか!」
と突っ込まずにはいられないくらいにきちんと刑事だった。
そうだ大人はもっと自由でいいはずだ。
良い大学を出て、良い会社に入って、そのレールから外れたもう終わりなんてのは夢が無い。
役者になりたいから40半ばだけど会社辞めます。
良い。とても良い。
定年までずっと安酒を飲んでは愚痴に変換して口からこぼしてばかりいるかっこ悪い大人よりも遥かにかっこいい。
今もどこかの空の下で元気にしてくれていると良いなあと思う。
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