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村本の言い訳しらんがな

ちょうど一年前ぐらいにTwitterで「今日の独演会で70ぐらいのおっちゃんがひとりできて、腹抱えて笑ってた。ガキが笑うお笑いはほかに任せる。おれは一番不満に思ってる大人の腹筋を崩壊させて笑わせる。」と書いた。

そしたら「ごめんなさい村本さんの漫才は、早口すぎて、何言ってるかわかりません。左耳がちょっと難聴ぎみなんですが、日常生活には問題ありません。村本さんの早口は日常ではあり得ない速度です。わたしには、笑うタイミングもありません。」

こんな返信がきた。

おれはカチンときた。なぜカチンときたか、おそらく多分それは自分のコンプレックスを忘れさせるために漫才があって、その漫才で圧倒的に笑わせた時に初めて自分のコンプレックスから解放されて自信がつく。そして70ぐらいのおじいさんが爆笑してくれたという優越感で、気持ちよくなってツイートしたんだと思う。多分、その気持ちいい気分が否定されたら自分自身を否定された気がして、カチンとなって僕は「てめぇの難聴はおれ知らんがな笑笑」とツイートしたんだと思う。否定された自分を肯定するためにこうツイートしたんだと思う。

いま思えばもっと言い方はあったしやり方はあった。簡単にできる思いやりも配慮も、やらなかった。こんな人を見下したようなバカにしたような言葉をたくさんの人の前で放ったことで、沢山の難聴の人たちがお笑いライブに行くのが怖くなったかもしれないというところまで考えてなかった。

それをなぜいまさら後悔したのかというと、今日ある人と話してて、急に罪の意識を感じ出したから。その人は佐賀のラーメン屋の大将で、その大将とラーメン食べた後ずっと話してた。その店では難聴の人が沢山来るらしい。大将は手話を覚えたらしい。難聴の人にラーメン食べてほしいから。「難聴の人や車椅子の人でラーメン屋に入りにくい人がいるだろうから、僕は手話を覚えた、そしたら喜んでくれた」と言っていた。僕はそこで一気に恥ずかしくなった。僕は僕の都合でしか言ってなかった。「どんなお笑いするかはおれの自由や、ひとりひとりに合わすとなればきりがない、だからおれは誰にも合わさず自分の好きなことをやる」と。でも、おれが自由に話す権利があるように、難聴の人も、聴きたいお笑いを選ぶ権利がある。好きなラーメンを食べに行きたい権利がある、そんなことすらわかっておらず、「自分は自分は」だった。

もちろん、ひとりひとりに合わすことは不可能だ、例えば火事のネタをやるとしたら、客席に火事にあい家族がなくなり、辛くて笑いたくてきてる人もいる。そんな人に火事のネタをするな、と言われるかもしれない。ひとりひとりの要件を聞けば、個性ないフランチャイズみたいな笑いになる。それはしたくない。問題は言い方とやり方に工夫が一ミリもなかった。おれは多分、笑わそうと思って難聴に触れたのなら、傷ついた人がいたら反省はするが後悔はしない。しかしこれは自分の大切なものを否定されたことで、かっとなり自分を守るために、あのような酷い醜い言い方をした。笑いで傷つけてしまう分には申し訳ないとは思うがしょうがないとも思う、なぜならそれに救われる人もいるし。ただ自分を肯定するために相手を傷つけたのはただの暴力なのかも。

そして僕はそのラーメン屋の大将の話を聞き、どこかで蓋をしてた一年まえの「てめぇの難聴はおれ知らんがな笑笑」というどこかで自分の中でみてみぬふりしてた罪悪感が溢れてきてすごく恥ずかしくなった。

罪と、罪を赦す、とはなんだろう。自分を赦すのかまわりが赦すのか、被害者が赦すのか、被害者とはひとりなのか。信頼を裏切られた人もみんな被害者だろうし。誰から誰までが被害者だろう。

そのラーメン屋の大将には前科がある。地元でも白い目でみられるらしい。やってもない犯罪もやったと言われるしお客さんに怒鳴られることもあるらしい、彼女の親御さんにも絶対結婚は許さないって言われるらしい、心が病んで、ラーメン屋もやすんだことがあるらしい。いまでも前科のせいでそのラーメンが大会で優勝してもテレビは断られるらしい。それでも、佐賀のその小さな町でラーメン屋をつづけてるらしい。僕が「違う街に逃げてそこでラーメン屋やらないんですか?」と聞いたら「自分のねえちゃんが、お前はここでラーメン屋をやらんね、そしてうまいラーメンば、作り続けんね、どんなに罵られても、そこから逃げちゃいかん、それが罪滅ぼしや」と言われたらしい、小さな町では自分のお姉さんとその旦那さんが居酒屋でご飯を食べてたら隣の席のから「あそこのラーメン屋の大将、犯罪者やけん」と聞こえてきたらしく、それでも、それを受け止めて全力であんたを守る、と言ってくれたらしい。だから大将は、優しさを知り、人にも優しくしたいと思うのかも。

その店のラーメン屋のどんぶりは全部違う、日本全国の有名なラーメン屋のどんぶりを使っている。なぜか、聞いた「熊本の震災の時、店が揺れて、どんぶり鉢全部、落ちて割れた、そしたら全国のラーメン屋さんが、使ってくれ、と言って送ってくれた」と。やった過去は被害者もいるからダメなこと。でも、この人は、いろんな人に助けられるような愛されてる人。そのラーメン屋の店員さんのTシャツに居酒屋の名前が書いてた、「なんでラーメン屋なのに居酒屋の名前が?」と聞いたら「この子の親父さんが居酒屋やってて、宣伝したら?」と言って、そのTシャツを着てる、と。

おれの罪滅ぼしはもしおれみたいなやつの話が聞いてみたい耳が悪い人がいたら、ぜひ、手話のライブやるんで来てください。伝わったけど全然おもしろくなかったらすいません。。

ということで明日は佐賀独演会。このきっかけをくれたそのラーメン屋のTシャツきて独演します(チケットは完売してます)

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