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新型コロナウイルス感染症の「後遺症」

昔話ではない。2023年5月5日、世界保健機構(WHO)は、新型コロナウイルスについて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の終了を発表した。日本でも同年の5月8日に、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが、5類に移行した。アフターコロナへと移行したと判定されてから、一年半が経つ。
新型コロナ感染症は、多くの人にとって数週間で回復する病気だと思われている。しかし、一部の人は感染から数ヶ月、数年と経っても様々な症状に悩まされ続けている。これが「後遺症」と呼ばれる状態だ。

私もその一人だ。発症から3年が経つが完治には至らず。さすがに長い。
罹患から今までのことを忘れてしまう前に文章で残しておこうと思う。残していたメモを手がかりに当時を思い出しながら。今もどこかに苦しむ方がいることを想像しながら。励ましにもならないと思うけれど。いつかどこかで誰かの役にたつかもしれない。


発症から初期症状まで(2021年7-8月)

新型コロナに感染・発症したのは2021年7月30日。デルタ株が主流になっていた時期で第5波と呼ばれていた。
高熱は8月7日まで続いた。そしてとにかく頭痛がひどかった。嗅覚と味覚が失われた。味覚は割と早めに戻ったが、嗅覚はすぐには戻らなかった。匂いはするようになったのだが、歯磨き粉の匂いやトイレットペーパーの匂いが強烈な悪臭に感じるようになった。

自宅待機の期間が終わり、そこから割とすぐに職場に戻ったと思う。ただし、戻ってからは仕事がほとんどできなかった。打ち合わせをしていると頭痛がすぐに起こり、午後にはもう何もできなくなった。集中力は下がり、記憶力も低下していた。

後遺症外来での診断(2021年9-10月)

2021年9月。あまりにも頭痛がひどく仕事にならないので、かかりつけの病院を受診した。その際に近隣の大学病院に、新型コロナ感染症「後遺症外来」があることを教えてもらい、紹介状を書いてもらった。ただし、待ち人数が多く、初診まで1ヶ月ほどかかるという。

2021年10月。ようやく受診の順番が回ってくる。この時のメモによると「常に頭に血が上った感じがある。重くモヤモヤとした感じ。仕事をしていると特に辛くなってくる。夕方には考える作業はほぼできない。適切な言葉を出すことができない。物忘れが増えたかもしれない」とある。「常に頭に血が上った感じ」、という症状はブレインフォグというものらしい。これが少しだけ症状を変えて、2024年12月の今時点でも続いている。

治療の開始(2021年11-12月)

2021年11月。症状が続くため、SPECT検査を受けることになった。脳の血流状態を可視化するものらしい。検査結果を知らされる日。先生は検査結果を見ながら「だいぶやられている」と言った。広範囲にやられている。一部だけではない、と。検査結果を聞きながら、なんだか人ごとのように面白かった。だいぶやられていることが分かって良かった、となぜか安心した。脳の血流状態だけをみると「アルツハイマーの患者と同じ」ということらしい。たしかに記憶力が弱まっていた。

この時にrTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)という治療がこの病院で受けられるとの説明を聞き、迷わず治療を始めた。磁気による脳への刺激治療だ。磁気を頭にバチバチ当てられるもので、痛さはあるものの、治療後はスッと少し楽になったのを覚えている。そしてこの頃、会社を休職しはじめた。結果的に戻ることはなく後に退職をしたが、悔しさや不安はなかった。時間をかけて気持ちが整理されていった。それは上司や家族の懐の深さのおかげだと思う。それ以外にもたくさんの人に支えてもらった。

いろいろな治療法を試す(2022年)

2022年2月。この頃にもう一度SPECT検査を受け、脳の血流状態を調べたが、アルツハイマー患者のような血流状態はあまり変わらず。rTMS治療は10回まで終了。頭の症状は少し良くなったかと思えば、悪くなったりの連続。rTMS治療を継続することに決める。この頃は、寝ていると胸焼けが起こったり、夜まったく眠れなかったりという状態だった。睡眠薬も処方されていた。

2022年4月。ようやく嗅覚が正常に戻る。発症から9ヶ月後くらい時間を要した。

2022年8月。rTMS治療を続けながら、抗うつ剤を投与していた。これに加えて、Bスポット治療というものを開始した。Bスポット治療は死ぬほど辛い治療で、当時Facebookにこのような文章を書いていた。

デルタ株の欠片が鼻の奥(上咽頭)に残留している。
タンパク質の類がなぜ一年以上も残留するのかは知らないが、確かにそこにいて炎症を起こし続けている。実際そんな欠片は目には見えないが、とにかくそのように考えると辻褄が合うらしい。

本題はBスポット療法。
つい最近この治療を開始した。この治療法自体は50年くらい歴史があるらしい。
簡単に説明すると、「薬品(塩化亜鉛)をつけた太い綿棒を鼻に突っ込んで、鼻の奥の奥の向こう側の世界にある上咽頭を綿棒でおもいっきりゴシゴシこする。ゴシゴシゴシゴシ。出血そして涙。半日続く痛み。合掌」という治療。
治療から3時間くらいの間は、常にデスソースを鼻から流し込まれ続けているような痛みがある。
治療によって出血するということは効いているということらしい。実際、綿棒は血に染まっていた。
治療後の痛みが消えかかった頃、治癒に向けて「希望」を感じながら、ふと思い出した。そういえば昔から「希望」という言葉はあまり好きではなかった。どことなく他人任せな響きを感じるからだ。誰かがどうにかして輝かしい未来に導いてくれるだろうというような現実逃避感。一方で「絶望」という言葉は、世界の有限性に正面から向き合って自力で前進していくための出発点、というような力強さを感じて割と好きな言葉だった。
いま(自分)を分析すればするほど絶望は深まるが、本当に大事な一歩を踏み出そうという力が働く気がする。未来のことを考えると希望が広がる気がするが、いまこの瞬間は雑音だらけになってしまう。その結果FBを開いて駄文を書いてしまったりする。
医師より、この治療は20回でワンセットだという宣告を受けた。
鼻の奥綿棒ゴシゴシは少なくともあと19回続く。

当時のFacebookより

この絶望的に辛い治療を合計20回受けたが、私の場合は完全に治ることはなかった。

2022年12月。rTMS治療は30回終了。この頃から漢方薬の治療に切り替える。最初に処方されたのは、香蘇散という漢方薬だった。

現在の状況(2023-2024年)

2023年1月。依然として、頭のモヤモヤ(ブレインフォグ)が続き集中力が続かないことが多い。「頭に血が上った感じ」「逆立ちした時の感じ」「鬱血感」みたいな表現で説明しているが、たぶん周囲の人にはあまり伝わっていない。

これ以降、2023年1月〜2024年12月の今に至るまで、まるっと2年間はほぼ同じ状況が続いている。ブレインフォグは完全に治ることはない。良くなったり、また悪くなったりと、いつもゆらぎの中にいる。症状はいつの頃からか頭のモヤモヤというよりは、顔の紅潮感みたいな感じに変わってきている。赤面しているような感覚といったらわかるだろうか。実際は赤面していないがそんな感覚がする。集中力の持ちにくさは、初期の頃に比べるとかなり改善されてきている。

現在は、漢方服用のみで治療を継続している。今飲んでいるのは、「黄連解毒湯おうれんげどくとう」という漢方。これまでに処方してもらった漢方薬の中で一番効いている感じがある。ただし、過去イチ苦い。とにかく苦い。良薬口に苦しというものを身をもって体感している。

おわりに

発症した当時は、症状が相手に伝わらないもどかしさを感じていた。そしていつしか、伝えたいという気持ちは手放していた。今となっては、症状がない状態を忘れてしまった感もある。あれ、自分って元々こんな感じだったのかもと思うこともある。「それ、自分の花粉症と同じ症状だよ、子供の頃からそうだよ」と言われたこともある。そうかもしれない。花粉症と同じではないとは言い切れない。別になんだっていい。伝わらない経験を通して、伝わらない経験を周りにしている人がいるということを想像できるようになった。

最後に、同じような症状で悩んでいる方へ。 あなたの症状は決して気のせいではありません。たとえ周りに理解されなくても、あなたの体験は確かに実在します。完治までの道のりは人それぞれ異なるけれど、少しずつでも確実に前に進んでいるはずです。焦らず、自分のペースを大切にしながら、回復への道を歩んでいってください。この記録が誰かの参考(気休め)になれば幸いです。

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