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✨️【掌編小説】父の抵抗~雪の日に消えた背中~✨️
🔷掌編小説「父の抵抗~雪の日に消えた背中」紹介
新作掌編小説『父の抵抗~雪の日に消えた背中~』を公開しました。母に従うだけだった父が、雪の日に初めて自分の運命に抗い、家族を捨てる決断をした。その背中を追った娘・響子の成長と葛藤を描いた物語です。シリアスで感動的な家族の物語、ぜひお楽しみください。
<父の抵抗~雪の日に消えた背中~>
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1
外は雪が激しく降っている。「あの日」も今日のように雪が激しく降る日だった。父が初めて自分の運命に抗った日、そして、家族を捨てた日……。
響子は、「あの日」の記憶から、やっとわれに返り、大根と人参を短冊に切ると、小さくちぎった酒粕と一緒に鍋に入れた。母と響子、女二人の質素な食事だったが、冷える日には粕汁は最高のご馳走なのだ。
「お父さん、粕汁好きだったね……」
「そうね、お父さんが粕汁を好きだから、お祖母ちゃんはいつも張り切って粕汁を作っていたね」「お祖母ちゃんはお父さんに甘かったからね」
「でも、なんでも自分の思い通りにして、お父さんがやりたいことは何もさせてあげなかったじゃない」
響子の胸に優しかった父の面影がまた浮かんだ。父は優しかった。いつも響子の話を穏やかに聞いてくれた。忙しい仕事の合間を見つけては、本を読み聞かせ、遊んでくれた。宿題も響子が理解するまで、根気よくわかりやすく教えてくれた。大好きだった父。
—でも、私たちを捨てた人だ……。
2
響子の祖母信乃は兵藤家の跡取り娘だった。兵藤の家は、この土地に古くから続いている家柄、いわゆる旧家だったのだ。婿養子だった夫とは早くに死別したが、家賃収入があったので、一人息子明彦との生活には困らず、信乃は明彦を溺愛して育てた。
明彦は優しく物静かで信乃の言いつけをよく聞き、学校の成績も良好だったのだ。信乃は優秀な明彦を、法学部に進学させ弁護士にすることを望んでいた。すべて信乃の思い通りに運んだかに見えた。
ところが、いつも母の信乃を尊重して、信乃の言いなりだった明彦が、法学部ではなく文学部に進学すると言い出したのだ!
「文学部なんて絶対に駄目よ! 文学部なんかに進学してどうするつもり!」
何度も信乃は声を荒げて、明彦の文学部進学に反対したのだった。しかし、信乃がどんなに文学部に反対し、法学部に進学するように命じても、明彦は断固として聞き入れなかった。
信乃は、明彦が読書好きで、いつも本を手放さなかったことを苦々しく思い起こしたのだった。読書感想文や作文のコンテストにたびたび入賞したことが、忌々しく思い出された。
明彦はいつも母の言いなりだったわけではない。女手ひとつで自分を育て、家計の維持にも苦労していた母の姿を知っていたからこそ、彼は母の意志を尊重してきたのだ。
しかし、文学部進学は譲れなかった。
信乃の反対を押し切って、明彦が文学部に進むと、文学サークル「歩(あゆみ)」に参加したのだ。信乃は激怒したが、信乃の怒りにもかかわらず、明彦は熱心に作品を創作し、サークルの同人誌に投稿を始めた。
信乃は、「歩」をやめるように何度も明彦に迫った。明彦は苦り切った表情で聞いていたが、決して「やめる」とは言わなかったのだった。
信乃は、明彦が安定しない作家くずれになって、兵藤家の名に傷がつくのを恐れた。しかし、信乃は名案を思いついたのだ。
「教育者になるなら聞こえもいい! 学校の先生なら生活も安定している!」
今度は明彦に教師になることを強いたのだった。明彦は大学を卒業すると、高校の国語教師になった。しかし、就職しても明彦は、文学サークル「歩」をやめるとは決して言わなかった。粘り強く創作活動を続けたのだった。
3
「お父さんはね、本当はお母さんなんかと結婚したくなかったのよ……」
響子は、母のことばで現実に引き戻された。
「お母さん、また向坂みずほさんの話?」
響子は、またその話かとうんざりした。向坂みずほは、文学サークル「歩」のメンバーで、明彦のライバルであり恋人でもあった。
「お父さんは、本当はみずほさんと結婚したかったのよ」
「お祖母ちゃんが、みずほさんを脅して別れさせたんでしょ?」
響子は、母から何度も向坂みずほの話を聞かされていた。
「みずほさんは幼い頃に両親が離婚して、お母さんに引き取られたのよ。お母さんは女手一つで苦労してみずほさんを育てたらしいよ」
「みずほさんは、奨学金をもらって、アルバイトをいくつも掛け持ちして、大学に通っていたんでしょ」
響子は、母の先回りをして言ったのだった。
「お祖母ちゃんは、何度もお父さんに別れるように迫ったらしいんだけれど、お父さんは頑なに沈黙していたそうよ」
その話は、こう続くのだ。信乃は、裕福な医者の娘貴子との縁談が持ち上がったのを機に、明彦とみずほを引き裂くための実力行使に出たのだ。
最初は電話や手紙で、みずほに明彦と別れるように迫った。ところが、みずほは信念の強い女性で、信乃の理不尽な要求を聞き入れなかった。
「お祖母ちゃんはね、兵藤家に伝わる短刀を取り出して、自分の腕を切って、血でみずほさんに別れを迫る手紙を書き送ったらしいよ」
「それでもみずほさんは引き下がらなかったんでしょ」
「お祖母ちゃんはね、みずほさんの部屋に押しかけて、『明彦と別れないならば死ぬ』と言って脅したのよ」
「お祖母ちゃんなら、やりかねない……」と響子は思った。みずほは、信乃の脅しには屈しなかった。しかし、明彦は、母に対して何一つ抵抗できなかったのだ。
明彦は優しすぎた。「もし、自分が母に逆らえば、母はどれほどの打撃を受けるだろう?」その思いから、どうしても彼は、理不尽だが苦労の多い母に抗することができなかった。
「みずほさんは、お父さんに失望して、去っていったのよ」
「お父さんと結婚する前の話なのに、お母さんよく知っているのね」
「『こうして明彦とみずほを別れさせたんだよ。そして、あんたたちを結婚させてあげたんだよ』と手柄顔でお祖母ちゃんが、私に教えてくれたのよ。お母さんは知りたくなんかなかったけれどね……」
4
「お父さんはね、みずほさんが去って行った時、『歩』をやめ、書くこともやめてしまったのよ」
「そうね、私はお父さんが、創作しているのを見たことがなかったわ」
「今から考えると、お父さんは、あの時、魂を失ってしまったのも同然だったのね」
複雑な表情で貴子が言った。響子はまた「あの日」のことを思い出した。「あの日」も今日のように雪が降る寒い日だったのだ。「あの日」も家族三人で粕汁を食べていた。祖母信乃が亡くなって間もない頃だったのだ。
その時、ニュース番組で高名な文学賞の入賞者が報道されていた。受賞者のインタビュー映像が流れた時、明彦が映像に釘づけになった。
向坂みずほが受賞インタビューに答えていたのだ!
明彦は好物の粕汁を残して、急に席を立ち、逃げるように自室に去った。響子が夕食の片づけをしていると、明彦がコートを着て立っていたのだ。
夕食後に外出することなどまずない明彦なので、響子は不審に思った。しかも、外は雪が降っている。明彦は玄関の戸を開け、激しく雪の降る外に出た。響子は胸騒ぎを抑えることができずに父の後を追った。
「お父さん! どこへ行くの?!」
明彦の背中に向かって言った。明彦は振り返ると寂しそうに微笑んだ。そして何も言わず激しく降る雪の中へ消えて行った。
5
そのまま明彦は消息を断った。勤めていた高校には、数日後、退職届が郵送されたのだ。
「あの日」の父の寂しそうな微笑みや雪の中に消えていった背中を思うと、響子は胸を締めつけられるような悲しみを感じた。そしてまた、自分や母を捨てた父に激しい怒りも覚えた。あの寂しそうな微笑みは、捨て去る者への憐憫だったのだろうか? 家族への未練だったのか?
優しくて大好きだった父。しかし、響子は子どもの頃から、父が祖母のいいなりだったことを感じていた。祖母が母や自分に無理なことを強いて、二人が父に助けを求めても、父は困ったような表情で黙っているだけだった。
穏やかで優しい父の笑顔には、何かを諦めてしまった翳りがあるのを、響子は感じていた。それは、父が魂ともいえる創作活動を諦めてしまったからだろう。父の翳りは、祖母に逆らえず、創作活動を諦め、同志だった恋人とも別れた無念だろうと、響子は思った。
その父にとって、向坂みずほが創作活動を続け、高名な文学賞を受賞したことが、どれほど強烈な衝撃だったかが察せられる。
「あの日」は、明彦のすべてを支配していた信乃に、明彦が初めて抵抗した日だったのだろう。信乃が敷いた宿命に明彦が初めて抗った日だったのだ。やっと自分の道を歩き始めたのだ。
今の響子は父を理解できる気がする。
幼い頃から、響子は父に本を読み聞かせてもらった。父が読んでくれた物語は、面白く興味深く、時には哀しく、幼い響子の心で宝石のように輝いていたのだ。
いつの間にか、響子自らが、本を手に取るようになり、読書感想文や作文のコンテストで何度も入賞した。父もまた、学生時代に同じように文学に没頭し、同じように入賞していたと聞いていた。
今、父の蔵書を読み漁り、密かに小説やエッセイを書き始めた響子は、父から受け継いだ文学好きの血が、自分の中で力強く脈打っているのを感じるのだ。
響子は、父が今どこにいるのかは知らない。しかし、どこかで創作活動を再開したのを、ありありと感じることができるのだ。きっといつか、「作家:兵藤明彦」として、父の消息を知ることができると信じていた。
そしていつか、父の本と自分の本が、書店に並んで平積みされる未来を、響子は信じることができるのだった。
<完>
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