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"明日の百より今日の五十"をご褒美に…。

”明日の百より今日の五十”ということわざがあります。このことわざの意味は、以下のように言われています。

あてにならないものに期待するより、たとえ少なくても確実なものの方がよいということ。

デジタル大辞泉(小学館)

このような考え方は日本だけではありません。

”One today is worth two tomorrow”
(今日という1日は、明日という日の2日分の価値がある)

Benjamin Franklin(米国の政治家)

このような感覚は、現在では行動経済学の理論の一つである「現在志向バイアス」として整理されています。現在志向バイアスとは、”将来得られる大きな利益よりも、今すぐに手に入る利益を優先してしまうこと”を言います。
 行動経済学は、経済学の拠り所である「人間は公理的な選択を行う」という合理的選択理論の批判的研究から生まれました。つまり、現在志向バイアスは、合理的な選択とは言えない選択であることを示しています。

そろそろ、学生の夏休みが終わりを迎えようとしています。夏休みの宿題は終わっていますか?夏休み明けに行われる試験の対策は済んでいますか?学生にとっての夏休みの利益は、遊ぶことかもしれません。夏休みの終盤、何の心配もなく思いっきり遊ぶという利益の最大化は、夏休みの序盤に宿題や試験対策の目処をつけることで得ることができます。夏休みの序盤に遊ぶことは、心のどこかに宿題や試験といった気掛かりを残すため、最大の利益とはなり得ないのです。
 大人になると、仕事や課題、やりたいことなどを同時に複数抱え続けることになります。目先の利益や快楽などを優先し、本来は速やかに行うべき仕事や課題を先送りすることは、大人が社会生活を営む上で重要となる信頼や信用を簡単に失いかねない選択です。このことに気づいてから、私は常に優先度と緊急度を意識しながら、やりたいことも無理なく計画的に行うことができるようになってきました。もちろん、まだ十分とは言えませんが、以前よりも直前で慌てることはなくなりました。

人は、合理的な選択ばかりできません。”明日の百より今日の五十”のような感情を合理化し、目先の利益に左右されやすい生き物です。それを理解した上で、自分という人を客観視し、時には目先の利益というご褒美をぶら下げながら自分を行動させる。そんなことが大切なんだろうと感じます。

自分で選んでよかったこと。

私の場合は、憧れの楽器の購入や新しい学問の履修、諦めていた免許の取得があります。これらは、”明日の百より今日の五十”を、『ご褒美程度』にとどめられたが故に得られた結果といえます。
 これからも、合理的な選択ができない自分を客観視しつつ、時にはご褒美で誘導しながら、合理的な選択を自分で選んでいきたいと考えています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

#自分で選んでよかったこと

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