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隠者の竈(かまど) ロケットストーブ製作記(理論編) 【週末隠者】

 家を買った当初、暖房用の石油ストーブと屋外設置の灯油タンクは最初から付いていたものの、風呂・給湯用の灯油ボイラーは壊れて動かず、ガスの設備は付いていない状態でした。
 最初は頭だけ水で洗ったり5kmほど離れた温泉に車や自転車で通ったりしていましたが、さすがに山仕事や畑仕事の後に汗や汚れを落とせないのは辛く(注1)、自転車での温泉通いも雪が積もる冬にはできない上に帰り道の登り坂で汗だくになって結局意味がないことに気付き、さらに冬の0℃近い冷たい水で洗髪や洗い物を行うことにも限界を感じて、灯油ボイラーの方は比較的早く設置し直しました。一方でガスの方は、普段住まない家で毎月ガス料金を払う必要もないだろうと考え、カセットコンロやストーブの上での煮炊きで済ませていました(注2)。

注1:特に「山の中を歩き回った後の入浴・シャワー」の有無は、単に気分や衛生上の問題ではなく場合によっては誇張抜きで命にも関わるのですが、これについては回を改めて取り上げたいと思います。
注2:訳あって現在はガスも設置しています。山の中なので当然都市ガスなど来ておらず、プロパンガスです。
 
 その煮炊きですが、どうせなら隠者らしく、辺りにいくらでも落ちている枯れ枝などを利用して調理をしてみようと考えました。調理のためのかまどをどう作るかいろいろと考えた末、家の横にある少し開けた場所にロケットストーブタイプの竈を作ることに決めます。
 ここで、そもそも「ロケットストーブ」とは何かという解説から始めたいと思います。【図1】にロケットストーブの基本的な構造について模式図を示しましたので、それをもとに順を追って説明します。

【図1】ロケットストーブ模式図

①構造自体は非常に単純です。断熱性の高い耐火材で作られた、垂直部分が長いL字型(またはレの字型)の管。これがロケットストーブの基本構造となります。
②下部に横向きに作られた焚き口(バーントンネル)から燃料(私の場合、そこらで拾ってきた小枝)を入れます。
③燃料に点火し、垂直に立ち上がった煙突部分(ヒートライザー)の中で燃焼が持続するよう燃焼の位置を調節します。
④燃料から出た可燃性ガスがヒートライザーの中で燃焼しながら上昇気流を生み出します(煙突効果)。
⑤ヒートライザーの中の上昇気流が吸引力となって、焚き口から外部の空気(酸素)が大量に供給されます。
⑥供給された酸素で燃料の燃焼が促進され、さらに大量の可燃性ガスが発生します。こうして④→⑤→⑥→④のサイクルが連続することで、ヒートライザー上部から高温の炎が吹き出し続けます。「ロケットストーブ」の名称はこの様子とその時の燃焼音から取られたもののようです。
⑦上部から噴き出す高温の炎で調理などを行います。完全燃焼に近い状態となるので煤や煙の発生は少なく、熱効率も非常に高くなっています。

 以上がロケットストーブの基本的な原理です。注意点としては以下のようなものがあります。

(1)ヒートライザーの部分は断熱性と耐熱性の高い素材で作る。断熱性が低いと熱が逃げて上昇気流がうまく発生せず、耐熱性がないと発生する高温に耐えられません。
(2)ヒートライザーは長めに作る。短かすぎると上昇気流の発生が弱まって吸気力が落ち、燃焼が促進されません。
(3)燃焼時にバーントンネルに燃料を詰め込みすぎると空気の流れが悪くなって燃焼が阻害されるため、ある程度隙間を空けて空気が通るようにする必要があります。このため燃料として太い薪は不向きで、むしろ粗朶そだのような細枝が適しています。
(4)利用するのは燃料そのものから上がる炎ではなく燃料から出る可燃性ガスがヒートライザーの中で燃焼することで発生する炎です。このため、燃料が熾火おきびになって可燃性ガスが発生しない状態になると火力が一気に低下します。燃焼中は絶え間なく燃料を補給して炎が途切れないようにしなければなりません。
(5)少ない燃料で強い火力が得られる一方、火力の調整は困難で、特に持続的な弱火を作り出すことができません。したがって、とろ火で長時間煮込むような料理には不向きです。

 こうした制約はあるものの、構造は簡単で制作も容易、少ない燃料で強い火力が得られて煙や煤の発生も少ないなど、非常に優れた特性を数多く持った火炉です。私自身、初めてロケットストーブのことを知った時「考案した人は頭いいな」と感心しました。特に、太い木を切り倒して薪を作る必要がなく、落ち枝や枝払いの小枝を燃料として利用できるのは森林保護という観点からも大きなメリットでしょう。
 途上国向けの適正化技術としてロケットストーブが考案されたのは驚くなかれ1980年代になってからとのことですが、人類が火を使い始めてから何万年もの間、なぜ誰もこんな簡単で優れた方法があることに気付かなかったのか不思議です。例えば古代文明の時代に誰かがこの方法に気付いてそれが普及していれば、その後世界各地で起きた燃料採取のための森林破壊などはだいぶ緩和されたでしょうし、高温の炎を使った冶金やきんや蒸留などの技術ももっと早く生み出されたかもしれません。いては、人類の歴史自体が我々のこの世界とは微妙に違ったものになっていた可能性もあります。そのあたり、架空の歴史やタイムトラベル、異世界転移などを扱った小説にも使えるかもしれません。
 前置きが長くなってしまいました。実際の制作については回を改めて報告したいと思います。

【写真】調理の風景

※「製作編」はこちら

※「実践編」はこちら

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