時事無斎雑話(22) 船酔い体質、七転八倒四苦八苦
私がアップする画像に海の写真がやたら多いことでお気づきの方もおられるでしょうが、仕事柄、船に乗ることが多く、平均して一年のうち一月以上は海の上で過ごしている計算になります。
「では、船酔いなんかしませんよね」とよく聞かれるのですが、実際には話は逆で、私自身はもともと乗り物全般に非常に弱く、列車、バス、飛行機、自家用車(自分での運転を含む)とあらゆる乗り物に酔ってきました。酔ったことがない乗り物といえば自転車くらいのものです。ほかにも遊園地のティーカップから運転教習所のシミュレーターまで、およそ乗り物酔いの可能性のあるものには、自慢ではありませんが(自慢にもなりませんが)ことごとく酔った経験があります。
特に船には弱く、波静かな瀬戸内海のたった2kmの明石海峡を明石港から淡路島の岩屋港まで走るフェリーでさえ、子供の頃に何度も乗ってはそのたびに船酔いで潰れていました。仕事で頻繁に船に乗るようになってからも船酔い体質が治ったわけではなく、この原稿も、仕事での乗船中、船酔いで朦朧とする意識の中で「ここは自分の体験を世に知らしめることで社会に貢献せねば」という、後から考えると自分でもよく分からない使命感だか妄想だかに駆られて書き始めたものです(ちなみにその時は数行書いてダウンしました)。同じように乗り物酔いで苦しんでいる方がおられましたら、参考にするか、せめて傷口をなめ合うことで気を紛らわせて下さい。
1.船酔いと体質について
船酔いへの耐性は体質に大きく依存します。慣れや根性で多少はカバーできるものの、抜本的な解決はできません。
調べてみると、探検、学術調査、軍艦や貿易船への乗船などで長期の航海を経験した歴史上の人物にも船酔いに苦しんだ人は多いようです。明治維新の立役者の一人である勝海舟も、最終的に軍艦奉行となるなど幕府海軍の重職にありながら極度の船酔い体質で、咸臨丸による米国への航海の際も醜態を晒してしまい、それを目撃した福沢諭吉に後からバカにされたりしています(注1)。このほか、トラファルガー沖の海戦でナポレオンのフランス艦隊を撃破して英国本土への侵攻を阻止した英国の国家的英雄・ホレイショ=ネルソン提督も実は船に弱く、トラファルガー沖海戦で戦死した原因も船酔いで風に当たろうと甲板に出たところを敵の狙撃兵に狙い撃ちされたためという、本当か嘘かよく分からない話を聞いたことがあります。
私自身の経験では、大部屋にまとめて詰め込まれ実習航海に送り出された大学時代の同期のうち、出航するなり倒れてしまう人間(注2)とどんなに海が荒れても全く酔わない人間がまず両端に少数存在し、それぞれに隣接して少し数が多い「少し揺れればもうダメなグループ」と「よほどの荒天でなければ大丈夫なグループ」がいて、中央に最大多数派の「ある程度の揺れまでは耐えられるグループ」が固まって存在したように記憶しています。どうやら船酔いへの耐性は比較的きれいな正規分布だかガンマ分布だかに従うようですが、そのあたりを統計的に調べた研究はあるのでしょうか。私の母校の出身学部には今年もイキの良い被検体がたくさん入ってきているはずですので、医学や生理学を研究している方、調べてみてはどうでしょう。
注1:もっとも、同じく船酔い体質の私としては「そりゃ、あなたが運良く船に強い体質だったから好き勝手言えるだけですよ」と福沢諭吉に文句の一つも言いたくなります。
注2:ちなみにこの時、真っ先に倒れて最後まで復活しなかった1番弱い男の世話を2番目に弱かった私がなぜか航海中ずっと押しつけられるという、今から思うとだいぶ理不尽な経験もしました。
2.体を締め付けない
先天的な体質はどうにもならないので、せめて他の部分で酔いを軽減する必要があります。
就職したばかりのころ、気温マイナス10℃の中、小船で海に出ての調査をすることがありました。寒さ対策のため長ズボン下と長袖シャツにセーターに厚手のワイシャツに厚手の上着、手袋も靴下も2重と、あれこれ着込んで調査に臨みましたが、この厚着が良くなかったようです。動きにくい上に体が圧迫されて血行が悪くなり、手足の先から痺れるように冷え込んできて、それが船酔いを加速させます。
このように、体を締め付ける服装は船酔いの原因となります。厚着やぴっちりとした服は避け、ゆったりとした服装を心がけて下さい。寒さ対策が必要な場合は、何枚も重ね着するのではなく、軽くて保温性の高い素材でできたインナー(注3)を1枚だけ内側に着込む形にすればだいぶ酔いにくくなります。
注3:多少値段が張っても高い防寒機能が欲しいなら登山用品店、低価格かつそれなり以上の品質を求めるなら作業服の専門店あたりを探してみるのが良いでしょう。私自身は札幌の某登山用品店で安売りしていた型落ち処分品のインナーをもう10年以上使っています。
3.タバコと船酔い
臭いも船酔いに大きな影響を与えます。ペンキなどの溶剤、魚や食べ物の臭い、排気ガス、香水や芳香剤、そしてタバコの煙、こうした臭いがあると船酔いは一気に悪化します。
私自身は非喫煙者ですが、特に若い頃は周囲に喫煙者が多く、タバコの煙には苦しめられてきました。狭い小船の上や密閉された船室では煙からの逃げ場がない上、どうやら喫煙者は船に乗ると気を紛らわせるためか喫煙のペースが上がるらしく、しかもなぜか新鮮な空気が来る風上に陣取ってタバコを吸いたがるため、風下の人間が軒並み流れてくる煙の被害に遭うことになります。
船酔い時は睡眠不足と同様に被害妄想の傾向が強まる(注4)ので、こうした状態に長く置かれると、そのうち「こいつ、自分に嫌がらせをして面白がっているに違いない」という殺気立った気持ちになってきます。今にして思えば、実はかなり危険な精神状態だったかもしれません。
というわけで喫煙者の皆さん、乗り物酔いに苦しむ周囲の非喫煙者から思い切り恨みを買っている可能性が高いので、乗り物に乗ったときはいつも以上に自分が吐いた煙の行方に気を遣いましょう。香水などにも同じことが言えます。ついでに言うとニコチンは水棲生物に対する毒性が強い上に紙巻きタバコのフィルターは環境中で生分解されないため、吸い殻を海(あるいは川や溝)に捨てるのはかなり悪質な環境汚染行為でもあります。
注4:一方、空腹は攻撃衝動を強めます。「世界の全てが憎いと感じる時はまず何か食べろ、世界の全てから憎まれていると感じる時はまず寝ろ」というのは私のお気に入りの格言です。
4.船酔い時の栄養補給
私の場合、船に乗るのはほぼ仕事のためなので、客船のように目的地への到着を待つだけではなく起きて作業をせねばなりません。体を動かせば当然エネルギーを消費しますし、何もしなくても船酔いそのものだけでかなり体力を消耗します。一方で船酔い中は胃がほとんど食べ物を受け付けてくれませんが、そのまま何も食べずにいると、だいたい1日ほどで体力の限界が来て体に力が入らず仕事にならない状態になります。結局、無理矢理にでも何か食べて栄養を補給しなければなりません。調査船の船員に応募してもらうため水産高校の学生の皆さんに行った職場説明会でも「船酔い時にどうやって栄養を補給しているか」という質問が複数あったので、苦労している人は多いのでしょう。
以前周囲の人間に対処法を尋ねたところ「パイナップルジュースならなんとか飲める」「ゼリー状のレトルト流動食で寝たまま栄養補給」といった答えが返ってきました。私自身が行っている対処法は「カンパンをよくかみ砕いて少しずつ水で流し込む」で、これだとなぜか胃が受け付けてくれます。ただし水がないと口の中の水分が全てカンパンに吸い取られた状態になって逆に呑み下せなくなるので、必ず水とセットで摂取する必要があります。
※レトルト流動食の一例
※カンパン袋入り(私はスーパーでもっと安く買っています)
※こちらは備蓄用の缶入り
登山などで使われる高カロリーの携行食は必ずしも船酔い時には適していません。例えば定番のチョコレートですが、私自身も普段はチョコレートが大好きにもかかわらず、船に乗ったとたんに胃が受け付けなくなってそのまま航海が終わるまで食べられないことがよくあります。
5.酔い止め薬
どれほど海が荒れようが、何が何でも起きて作業に取り組まねばならないとき、最後の手段として酔い止め薬に頼ることになります。
もっとも私の船酔い体質は並みの酔い止め薬ではサポートしきれないらしく、服用はしたものの全く効かずじまいということの方が多かったと記憶しています。そんな中、職場で教えてもらったのが「アネロンニスキャップ」です。
※4個入り(一般の方ならこれで足りるでしょう)
海事関係者の間で「最強の酔い止め」の評価が高いだけあって、これは効きました。何せ私が飲んですぐに荒れる海の中で(多少は酔いながらも)作業ができたほどです。ただ、効き目が強いぶん体への反動も大きいのか、説明書にもある眠気と強烈な口渇感のほか、変な寝汗で汗びっしょりになったり、手足の指先が腫れ上がって痛んだりと、けっこう副作用も出ます。同じく服用した他の人に訊いたところ眠気以外の症状は特に出ないという答えだったので、私自身の体質が薬と相性が悪いのかもしれません。船に弱い上に酔い止め薬にも弱いという因果な体質ですが、これはどうにもならないため、最後の切り札として常備しています。聞くところでは、これよりさらに強力なアンプル状の液体酔い止め薬があるとのことですが、ネットで探しても見つかりませんでした。ご存じの方、教えていただければ幸いです。
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