隠者の竈(かまど) 地下室のロケットペチカ(総括編)【週末隠者】
庵の地下室へのロケットペチカ設置について、構想から製作、そして実際の操作法までを過去のこのコラムでお送りしました。今回はまとめとして、ここまでの余りネタ、そしてペチカや薪ストーブが抱えるデメリットについても述べていきたいと思います。
※試作0号機構想編
※試作0号機製作編
※1号機製作編
※使用編
1.薪ストーブでの料理
暖房以外の薪ストーブの火力の利用法といえば、真っ先に思い浮かぶのは料理でしょう。これはもう、湯沸かし、炊飯、煮物、炒め物、鍋料理、焼き肉、さらにストーブの中の火が熾火になってからの直火焼きと、あらゆる調理法が使えます。
実際に炊飯も含め1食全てを(数日分の作り置きまで含めて)薪ストーブの火だけで作ることもできました【写真1~4】。通常の家庭用ガスコンロを遙かに上回る大火力でヤカンも鍋もあっという間に沸騰し、炊飯も、もしかすると電気釜より早く炊き上がるかもしれません。一方で細かな火加減の調整は難しく(注1)、特に揚げ物は(私自身はまだ試していないものの)油が過熱して発火しないよう十分な注意を払う必要があるでしょう。
あと、料理とは直接関係ないものの、薪ストーブで調理しながらの焼き肉や鍋では途中で薪を足したり火を掻き立てたりといった手間が頻繁に入るため、ひたすら食べ続けることができず結果として一気食いの防止になります。多少面倒ではあるものの、健康にはこの方が良いのかもしれません。
注1:料理によってはストーブの上での置き場所をこまめに変えたり、耐火レンガや石でできたプレートを間に挟んでストーブの熱が直接伝わらないようにしたりと工夫が必要です。
2.ストーブの熱の運搬についての小考
上の通り、薪ストーブの熱は暖房だけではなく料理にも使えます。さらに前回の実験で、薪ストーブを焚き続けて地下室を暖めれば地下室を覆うコンクリートも暖まり、結果として上にある建物も床下からの冷え込みが緩和されることも分かりました。
ただ、それだけでは少しもったいない気もします。せっかく強力な熱源があるのですから、床下からの熱で間接的に暖めるのではなく、何らかの形で薪ストーブの熱を上の部屋に運搬して、暖房や体を温める用途に直接使えないものでしょうか。
考えた末、石をストーブの上で加熱して素焼きの植木鉢に移し、上の階の部屋に運んで暖房に使う、ということができないか試してみました【写真5】。加熱した石は肉が焼けるほどの高温になるため、取り扱いや置き場所には注意が必要です。
やってみると、いちおう石からの輻射熱は感じるものの、残念ながら大型の植木鉢一杯の焼け石でも室温を上げるほどの効果はなく、手あぶりや机に座っている時の足元を暖める用途がせいぜいです。火を使わないので炭火などより安全とはいえ、結局、人間が持ち運べる重さの石の蓄熱量などたかがしれているのでしょう。
その後もあれこれと考えた結果、最終的に、我々の身近にある中で熱を蓄える能力が最も高い物質――水を加熱し、それを持ち運び可能な容器に移して体や寝具を暖めるのに使用するのが一番効率の良い熱の運搬方法だという結論に落ち着きました。要するに湯たんぽです。昔の人の生活の知恵は、やはり侮れません。
3.薪ストーブで風呂は湧かせるか
私の庵の風呂は灯油ボイラーで湯を沸かして給湯するタイプ(追い焚き機能なし)です。薪の積極的な利用のため、灯油・薪兼用のボイラーを取り付けることも過去に考えたのですが、家の構造上難しく断念しました。
薪ストーブの火で風呂を沸かすか、せめて薪ストーブで沸かしたお湯を風呂に足すことで灯油の消費量を抑えることができるのではないかと考え、大型のヤカン1つと大鍋一つに水を張り、ストーブで沸かして冷水を薄く張った風呂桶に注いでみました。結果は「焼け石に水」の逆、かなり多量の熱湯を注いだにもかかわらず、風呂桶の底に薄く張っただけの水がぬるま湯に近い状態にさえなりません。失敗です。
それでも未練がましく、今度は手元にあった炊き出しに使うような巨大鍋(拾ってきたもの)に水を入れて薪ストーブで沸かしたところ、20リットルはありそうな水がほんの30分ほどで80℃以上になりました。沸いたお湯をバケツか何かで運んで浴槽へと移し、新たに水を足して沸かしてはまた運ぶ、ということを繰り返せば、もしかすると入浴できる程度のお湯を冷める前に浴槽に貯めることは可能かもしれません。もっとも、そこまでの労力と危険(注2)に見合うだけのメリットがあるかは疑問で、あくまで薪での風呂焚きにこだわるなら、寒くない季節に家の外でドラム缶風呂でも沸かした方が年間トータルで考えれば灯油消費量の削減にはなるのでしょう。
いちおう、薪ストーブで沸かしたお湯を大きなタライか何かに入れて行水する、という程度の使い方であれば何とかなりそうです。遠くない将来、災害や戦争やハイパーインフレで灯油が入手できない時代になった時に備えて頭の片隅には置いておくことにします。
注2:バケツを持って階段を上る途中でうっかり躓きでもすれば、熱湯をかぶって大やけどをする危険があります。
4.薪ストーブのデメリットについて
ここまでの記事で「薪ストーブって何か楽しそう」と思われた方もいるかもしれません。実際、こうしたレトロでアナログなシステムを自力で構築してあれこれ試してみるのは楽しいものですが、一方でその陰にあるデメリットについて触れないまま楽しい夢ばかりを語るのも科学者として不誠実ではないかと思います。以下、薪ストーブが持つ問題点や注意点について、この場を借りて記しておくことにします。
※コントロールされていない火の危険
薪ストーブの火は、ガスコンロや石油ストーブのような、何重にも安全対策が施されたコントロールされた火ではありません。必ずしもこちらの思う通りに燃焼してくれるわけではありませんし、何かあった時の自動消火機能もありません。一つ間違えば大きな怪我や火災につながる危険と隣り合わせのものなのです。そうでなくても、火の粉や爆ぜた薪が自分の顔や服に飛んだりうっかり焼けた鉄板に触って小さな火傷をしたりというのは日常的に起こります。ただ「楽しそう」という軽い気持ちだけではなく(それを入口にするのはもちろん構いませんが)、そうしたリスクに対する知識や覚悟もしっかり持った上で取り組むべきだと思うのです。
※煙の問題
火そのものの危険のほか、薪ストーブについて回るのが排出される煙の問題です。今回作ったロケットペチカでも、2次燃焼が軌道に乗れば完全燃焼に近い状態になるとはいえ、それでもある程度煙が出るのは避けられません。実際に2次燃焼が始まるまでにはけっこう時間がかかり(その時のコンディションにもよりますが長い時は30分以上)、その間は不完全燃焼の喉に来る煙が周囲にまき散らされることになります。私の庵のような山の中の一軒家であればともかく、街中の住宅地などではご近所とのトラブルにも発展しかねません。
周囲だけではなく、自分自身も使っていてかなり煙を吸うことになります。【写真6】はロケットペチカを2回使ったあと、その間付けていたマスクを使用前の同じ製品と並べた比較写真です。マスクを付けていなければこれだけの煤や煙をそのまま吸い込んでいたわけで、特に呼吸器に疾患を持つお子さんなどには大変な負担でしょう。私自身も軽度とはいえ喘息持ちで、煙を防ぐため使用時はマスクを付けるようにしているものの、それでも使用後にはけっこう咳に悩まされます。実際、石炭や薪を炊事や暖房に使っている発展途上国では煙による健康被害が大きな問題となっています。
このほか広げた吸気口から煙のほか爆ぜた薪や火の粉が周囲に漏れる問題などもあります。最初からロケットペチカで使うことを前提に設計した特注品の薪ストーブであればこうした問題も軽減されるのでしょうが(注3)、市販の安い薪ストーブを簡単な改造だけで使う今のスタイルでは、残念ながら普通の居室での使用は無理そうです。
注3:私自身にもいくつかアイディアはあるものの、今回は割愛させていただきます。
※設置場所の問題
ペチカではない通常の薪ストーブでも、大型のものになれば重量が100 kgを超え、さらに床や壁を輻射熱から守る炉台や炉壁も設置する必要があります。さらにペチカともなれば、土台や補強のための鉄枠なども含めて総重量はおそらく数百キロ以上に達するため、普通の床では抜けてしまう危険があります。
私の場合は地下室のコンクリートの土間に設置したので簡単なDIYで済んだものの、通常の家に設置する場合、新築にせよリフォームにせよペチカを支える土台から作らねばならず相当の大工事が必要となるはずです。
※薪の消費の問題
今回作ったロケットペチカは、以前薪ストーブを単独で使っていた時に比べ、明らかに高い火力を発揮してくれます。一方でその分薪の消費も多く(計ったわけではないものの、体感的にはおそらく時間あたり倍以上の薪が必要)、太い薪もあっという間に灰になってしまいます。【写真7】は雪かき用のスノーダンプをソリ代わりに薪置き場から薪を運ぶ様子ですが、この量の薪ではおそらく2時間ともたないでしょう。薪ストーブ単独のように、最後に太い薪を1本放り込んでおけばしばらくは燃え続けて暖かさが持続する、という使い方はできません。
考えてみれば当たり前なのですが、ヒートライザーの中で発生する上昇気流を吸引力に変えて酸素を大量に供給し、一気に完全燃焼させるのがロケットストーブの原理なわけです。普通のロケットストーブで使えないような太い薪や廃材も燃料として使えるとはいえ、結局、人間が付きっきりで頻繁に薪をくべてやらねばならないというロケットストーブの弱点はペチカ化してもそのままのようです(注4)。
このロケットペチカに限らず、薪ストーブが消費する薪の量は、実は想像以上に多いものです。薪ストーブを家庭で使う場合、そうした多量の薪の確保や保管についてもあらかじめ考えておかねばなりません。
注4:ペレットストーブのような機械による自動化は可能でしょうが、それは本論の趣旨から外れます。
こうしてみると、色々と改善せねばならない点もあり、まだまだ薪ストーブ生活は道半ばと感じます。また大きな変化があれば改めて報告したいと思いますが、ともあれ、今回のレポートはここまでとさせていただきます。