隠者の雅(みやび) 庭に石灯籠を置く 【週末隠者】
全体としては終の棲家として大いに気に入っている庵ですが、それでも細かな部分には不便や不満もあります。庵を買った直後から気になっていたことの一つが、門から玄関にかけての土地が周囲に比べて幾分低く、大雨の後や、特に春先の雪解け時などは玄関への道が一面に冠水して歩くのも一苦労の状態になることです。
その状態が何年か続いた後、さすがに何とかせねばと思い(郵便配達や宅配の人にも迷惑がかかります)、周囲にたまった水を集める溝と、その水を一時的にため込む小さな池と、その池から玄関への道を横切って下の方に水を流す排水溝(車が通れるよう両側はコンクリートの角柱を並べてグレーチングで蓋)をゴールデンウィークの数日を費やして掘りました。途中、溜まった水がうまく池へと流れ込まず見当違いの方向に溢れてしまったり、道を横切る溝の強度が弱く上を車が通った瞬間に崩れてしまったりと試行錯誤の連続でしたが、それでも最終的にはツルハシとシャベルだけで全て掘ったのですから人間の力もなかなか侮れません。
さて、排水はできるようになったものの、今度は別の問題が出てきました。玄関前まで車を寄せた時、掘った池の場所が運転席から見えにくく、特にバックで車を出す時に脱輪しそうになるのです。目印に棒杭でも立てておけば用は足りるとはいえ、それも何やら味気ない気がして、どうせなら風流に池の脇に石灯籠でも置いてみようかと思いつきます。
そもそもこの記事を読んでいる読者の方で、個人で石灯籠を買った経験のある方はいるのでしょうか。私自身も石灯籠の価格など皆目見当がつかず、まずはネット通販で値段を調べてみたものの、目に付くのはプラスチック製の模造品と逆にとんでもなく高い注文生産品の両極端で、こちらが求めるお手頃価格の本物(そんなものが存在するとして)は見当たりませんでした。
それならばと中古品狙いでネットオークションを探してみます。こちらは、おそらく不用品処分なのでしょう、私の条件に合うような出物がけっこう安い値段で売られているのもちらほら目にしました。ただ、受け渡しが「引き取り限定」だったり、送料こちら持ちで九州や近畿のどこかから複数のパーツに分けて北海道まで送られてくるものだったりで、輸送費の方が石灯籠本体の何倍もの値段になるものばかりです。考えてみれば、持ち主にすればそういう石灯籠は「処分に困る石の塊」なわけで、中には、名工の手になる作品でありながらそうやって持て余された末に縁石や漬け物石として人知れず余生を送っている石灯籠も少なくなさそうです。
結局、輸送費がかからない地元製が一番安く上がりそうだと考え、少し離れた街中の石材店まで行ってみました。お店の方に値段を訊いてみたところ、御影石製の一般的なタイプで五、六万円からということです。単なる目印にかける金額としてはさすがに予算オーバーで「実は予算が一万円ちょっとなのですが」と正直に打ち明けたところ、「この売れ残りなら、配達なしの持ち帰りで一万円にまけておく」と言われて、展示場の物陰に置かれていた小さな石灯籠を見せられました。【写真1】
見ると、目の粗い砂岩か礫岩で作られた高さ60 cmほどの小さなもので、数年間買い手が付かないまま売れ残って野ざらしになっていたという話です。小さな池の脇に置くにはちょうどバランスの良い大きさで、一人で運べる重さも好都合です。その場で購入を決め、車に積んで持ち帰ることにしました。
車に積む時、土台の部分を持ち上げた瞬間に足の一本の先端が欠け落ち、お店の人が非常に気まずそうな表情を浮かべましたが、「どうせでこぼこの地面に直置きするので問題ありません」と答えてそのまま車に積み込みます。代わりに、次に来る時に三千円で端材を必要なだけ持って行って良いという話になりましたので、首尾としてはまずまずだったと言えるでしょう。
さて、ここで、石灯籠の構造について(ネット情報の受け売りですが)解説しておきます。私が買ったのは「雪見灯籠」と呼ばれるタイプらしく、【写真2】の下段左から、土台となる「足」、その上に乗る「受」、さらに上段左から、灯りを灯す部分の「火袋」、雨よけの「笠」、一番上に乗る「宝珠」(または「玉」)という順番で積み重ねていくのが基本だそうです。寺社などでよく目にする大型のものは、「足」の替わりに「地輪」と呼ばれる基礎の上に「柱」と呼ばれる石柱が立ち、その上に「受」が乗る形となります。
【写真3】が実際の組み立ての手順です。実際に石灯籠を買う機会でもなければ生涯知ることはない知識でしょう。私自身も分解して持ち帰った石灯籠をいざ設置する段になって積み重ねる順番が分からず、少々慌てました。
それでもなんとか設置を終え、庭の装飾としても車の出し入れ時の目印としてもなかなか良いのを眺めて悦に入るうち、今度は庭の照明としても使えないかと欲が出てきます。最初は笠の上にソーラーパネル、火袋の中にバッテリーと人感センサー付きのLEDライトを仕込む形を考えたものの、火袋の中の小さなスペースにうまく収まるサイズの部品が見当たらない上に、それをやると配線がごちゃごちゃと走って風情も何もない見た目になりそうだったため、結局、乾電池式の小さなLEDセンサーライトを火袋の中に置き、人が通ると灯りが点くようにする、という安直な方法で妥協しました。【写真4】
ともあれ小さな売れ残りの石灯籠一つで庭を眺める楽しみが増えたのですから、まずはお買い得だったと言って良いでしょう。あと何年か経てば、程よく苔なども生えて、さらに隠者の庵に相応しいたたずまいになってくれるのではないかと期待しています。