【青森に移住したので、私小説はじめます】「汚し屋」①
1.汚し屋稼業
「さて。はじめますか。」
そう言って、彼は、ペンキを道路いっぱいにぶちまけた。鉢植えを掘り返し、剥がされたポスターをゴミかごから取り出し、電柱に張り直していく。華麗なる彼の“悪行”は、実に要領よく、かつ精確に行われた。
彼は“汚し屋”だったのだ。
さっきまではモノクロだった街も、今日も彼の手によって作り替えられてしまった。
2.記者
昼下がりの薄暗い喫茶店で、窓際の円卓に向かいあって座っている男女の姿は、まるでちぐはぐで、異様な光景だった。
極彩色のオーバーサイズなtシャツにデニム、ビーチサンダルのヒッピーな男と、かたや全身を黒で着飾った、オフィスカジュアルの女だ。
しばらくの間、静寂だけが聞こえていた。
男が燻らせる煙は、今も光に溶けている。
「あの…」
記者の何度目かの問いかけを遮るように、男はついに口を開いた。
「新聞は好きだよ。なぜって?色んな情報が一緒くたになっているところが良い。政治も、文化も、祭りだってあるんだ。」
流れるように、男は壁面に飾られた絵を指さした。
「印象派の絵は、近くで見ると、たくさんの色が塗りたくられて、何の絵なのかはまるで分からない。でもね、離れて見ると、信じられないくらい美しい。現実もそういうことなんじゃないかな。」
「つまりは…」
「今、その辺を舞っている埃も、ほら、光ってる。」