【アルバムレビュー】Dissimulator - Lower Form Resistance (2024)
先日のSpectral Voiceのレビュー記事に引き続き、今回も「下書き放出」回である。
今回紹介するアルバムは2024年の初めにリリースされた作品であるが、これまた途中まで書いてお蔵入りしていたものとなる。前回の記事を公開した勢いで完成させたので、是非チェックしていただきたい。
またカナダはケベック州から熱いバンドが現れた。
正確には2021年結成であるが、先月1stアルバムを名門20 Buck SpinからリリースしたDissimulatorである。
カナダのケベック州といえば、我々日本人からすると少々特殊な地域であり、英語を母国語とする人が多くを占めるカナダにおいて、公用語がフランス語となっている地域として知られている(尚、同国の公用語は英語とフランス語である)。
メタルという音楽ジャンルにおいても、ケベックの地は特殊であると言って差し支えないだろう。というのも、ケベックはある特定の特徴を備えたバンドを多く輩出する地域だからである。
ケベックからは、古くはVoivod、そしてCryptopsy、Gorguts、Martyr、Obliveon、Quo Vadis、Augury、Beyond Creation、First Fragment等、テクニカルで一癖二癖もある個性的で尚且つ聴き応えのあるバンドが数多く生まれており、今回紹介するDissimulatorもその流れに連なっている。
そんなケベックの地から登場したDissimulatorであるが、彼らについて触れる前に、ある1人のギタリストについて言及しなければならない。
そのギタリストというのは、筆者が個人的に非常に尊敬しているケベック出身のミュージシャン、Phil Tougasである。彼はDissimulatorのメンバーでは無いのだが、人脈的な意味で取り上げることとした。
Philは上で名前を挙げたFirst Fragmentのギタリストであるが、他にもChthe'ilist、Atramentus、Worm、Funebrarumといったバンドを掛け持ちしており、過去に在籍したバンドもEquipoise、Zealorty、VoidCeremony、Serocs、Eternity's End等、主にテクニカル・デスメタルやOSDM方面で引き手数多といった様相を呈している。
さて、上で書いた通り、彼は今回取り上げるDissimulatorのメンバーでは無いのだが、では何故ここで名前を出したかというと、Dissimulatorのメンバー3人はChthe'ilistのメンバーでもあるのである。
彼らはAtramentusやFirst Fragment等、他にもPhilのバンドと関わりがあり、言わば「Phil Tougas界隈」とも言える面々で構成されているのが、Dissimulatorというバンドなのだ。
ここで、Dissimulatorのメンバーにクローズアップしていこう。
Metallumを見れば一目瞭然であるが、Dissimulatorのメンバーは3人ともChthe'ilistのみならず、その他のPhil Tougasのバンドと関わりがある。彼らが関わったことのあるPhil Tougasが在籍しているバンド/彼が過去に関わったバンドは下記の通り。
Phil Tougas関係のバンドを挙げるだけでもこれだけの数関わっている彼らであるが、それ以外にもPhilippeはBeyond Creationにも在籍しているし、ClaudeはSutrahとも掛け持ちしている。
…もうこれだけ書けば、Phil Tougas関連バンド抜きにしても、Dissimulatorの3人がいかに凄腕のミュージシャン達なのかが伝わったかと思うが、本当にケベックというのは「恐るべしケベック」と言いたくなるくらい非常にレベルの高いバンドの揃った地であると改めて感じる。
前置きもこの辺にして、今回の記事で紹介する彼らのデビュー作『Lower Form Resistance』について書いていきたい。曲目は以下の通り。
Neural Hack
Warped
Outer Phase
Automoil & Robotoil
Cybermorphism / Mainframe
Hyperline Underflow
Lower Form Resistance
ジャンルとしてはMetallumにもある通り、「Technical Death/Thrash Metal」と分類するのが最適であろう。
一聴してすぐ同郷のObliveonやVoivodの名前が脳裏に過ぎる音楽性であり、アルバムジャケットからも想起されるようなSci-Fi系のスラッシュメタルを聴くことができる。
リバイバルスラッシュ以降のSF系スラッシュというと真っ先にVektorが思い浮かぶ人も多いと思うが、Dissimulatorも凄腕揃いなこともあって負けじと高度なテクニックに裏打ちされた楽曲が並ぶ。
1曲目「Neural Hack」はハイハットの高速刻みから始まり、テンポチェンジやブラストビートを挟みながら、その技巧性の高さを見せつける。ボーカルはOSDMスタイルであり、ここが「Death/Thrash」とカテゴライズされる所以の1つであろう。
テクニカルと評されている彼らだが、誤解を恐れずに書くのであれば、「派手な」フレーズでアピールするではない。事実、テクニカルなギターソロは少ないし、むしろ曲展開やリフの構築美で魅せるスタイルである。
続く2曲目「Warped」はまさしくそういった器用さが感じられる曲で、途中はCynicのようなボコーダーも登場する。全体通してジャズ/フュージョン的な浮遊感のあるフレーズが結構出てくるように、ゴリゴリのスラッシュを期待する向きには合わないかもしれないが、今まで名前を挙げてきたバンドが好きな人には堪らないサウンドだろう。
筆者はあまりこの手のスラッシュは聴かないが、先行曲だったこの曲を聴いて一気に引き込まれた。バンドを構成しているメンバー抜きに、本当にクオリティが高い。
3曲目「Outer Phase」ではイントロの後、ブラストビートに乗せてフランス語の語りが入る。この曲でもボコーダーが使われているが、語りも含めてボーカルに関しても工夫が感じられる。
そして、ここに来てようやくギターソロが登場するが、やはりフュージョン系の音使いであり、これまた素晴らしい。
4曲目「Automoil & Robotoil」では、グロウルとボコーダーを重ねるパートがあり、なかなか興味深い。中間過ぎたあたりでは普通に歌っているパートもあり、改めてボーカルのアイデアの豊富さを感じることができる。
この曲にはベースの見せ場もあるが、本作は有機的な音像のおかげか、ベースの音もしっかり聞き取ることができる。
5曲目「Cybermorphism / Mainframe」は本作で最も長い8分の曲であるが、6分超えの曲が7曲中4曲あるので、特に気にならない。
クリーントーンのアルペジオから始まり、ギターソロが続いて入った後に、再びアルペジオのみとなる。その後歪みギターへと切り替わり他楽器も加わり、一気に雪崩込んでいく。途中にExodusばりのモッシーなパートもあるなど、飽きさせない曲展開となっている。
6曲目「Hyperline Underflow」は気持ち刻みが多い曲となっているが、これまで通りリフ、ドラミング、展開で魅せる曲である。
彼らのテクニックには度々言及してきたが、そう意味では、やはりドラムも聴きどころの一つであろう。
PhilippeはChthe'ilistやBeyond Creationに在籍しているだけあって、相当な名手である。彼の演奏を観たい方は、下のドラムプレイスルー動画をチェック。
アルバム最後を飾るタイトル曲「Lower Form Resistance」は3分に及ぶ前奏から、少しOpethっぽいリフの中でクリーンボーカルが入ってくるが、量的には少ないので、インスト寄りの曲である。
これだけ彼らの演奏に緊張感があるのは、やはり生々しいオーガニックなサウンドプロダクションによるところが大きいと思うが、本作のミキシング/マスタリングを手掛けているのはHugues Deslauriersで、彼がこれまで携わってきたバンドの例を挙げると、Augury、Chthe'ilist、Equipoise、Eternity's End、First Fragment、Serocs、Sutrah、Vengeful、Zealotry等々…もう勘の良い人は気付いたと思うが、彼もまたPhil Tougas関係の人物である。AuguryやSutrahも本記事の最初の方で名前を挙げているが、ケベックのバンドだ。ここまで書けばもはや説明不要であろう。
Dissimulatorのメンバーが凄腕揃いなのもあるが、これだけ複雑な演奏を、アナログさも残しつつ、現代基準で良い音質に仕上げているのは、Huguesの貢献がとても大きいと思う。あまり話題に上がらない人物であるが、今後彼がミックスを手掛ける作品も要注目となるに違いない。
VoivodやObliveon辺りのスラッシュメタルが好きかどうか抜きに、本作は充分名盤足り得る出来であり、アンダーグラウンドな音楽性ではあるが、高度な演奏を楽しみたい方、ちょっと凝ったメタルを聴きたい方には、特におすすめしたい一品となっている。
まだ聴いていない人は、本作を聴けば2024年の初っ端から凄い作品が出ていたことに驚くこと必至である。
それではまた次の記事でお会いしましょう。