吉里吉里おじいちゃん
三陸鉄道リアス線を鵜住居駅から乗って、釜石に向かった。
しばらしくて、ちょっと離れた隣りに座っていたおじいちゃんが、
身体を寄せて話しかけてきた。
「♫♭♪♬♯♮かまいす♫♭♪♬♯♮?」
手のひらに小銭を持っていたので、
たぶん……
「どこから乗ったんですか?」
もう一方の手に、整理券が乗っかってた。
吉里吉里。
「吉里吉里からですか?」
「そうきるぅぃきるぅ」
「540円ですよ」
昨日、わたしも釜石から吉里吉里まで乗ったので覚えていた。
「たぶん……」
ちょっと自信がなくなった。
むかしから2ケタ以上の足し算には不安を覚えていたが、
最近はもっと数字に対して心もとない。
キャッシュレス化の弊害だろう。
あれは千円札でいくらおつりがくるのか、
考えなくてすむし、確認もしなくてすむ。
確認、つまり100円玉何個+10円玉何個+1円玉何個=いくら、
をしなくてすむ。
あと、携帯電話普及説。
電話番号覚えなくなった。
便利になれば、不自由になる。
閑話休題。
続けて少し話をした。それをキャッチボールでたとえるなら、
おじいちゃんが投げるボールを、
ことごとくスルーしているわたしは、
おじいちゃんにときどき「ナイスボール!」
といっているようなものだったんだろう。
おじいちゃんは、
吉里吉里生まれの吉里吉里育ち。
78歳。
千葉にいる友だちのところに遊びに行く。
釜石から特急がでてるからそれに乗っていく。
釜石から特急がでてるって知らなかった。
花巻に特急。
新幹線に乗っていく。
いつも友だちが来てくれるから、今度はおれが行く。
ざっとこんな感じだった。
釜石からの特急は、「快速はまゆり号」だろう。
たしかに各駅停車からすると、特急並みに速い。
普通のお見合いシートの特急、といっても過言ではない。
でも、実際に乗る6:54発花巻行きは、普通電車である。
おじいちゃんの友の待つ千葉に向かう気持ちが走れメロス状態になって、
「特急」という言葉を使わしめたのだろう。
言葉は聞き取りにくいが、愛らしいおじいちゃんである。
「♫♭♪♬♯♮もうできねぇ♫♭♪♬♯♮?」
あたりまえだし、聞いてないし、
愛くるしすぎる。
乗ってる釜石線は、遠野を過ぎた。
あと50分ほどで新花巻駅につく。
新花巻で降りたら、おじいちゃんに謝ろう。
「ごめんね、『書かないといけないから』って話相手にならなくて」
せっかくお見合いシートの席をとってくれたのに、
違う離れた席に座ってしまった。