それでも、岩尾憲のことが大好きだという話。
一晩寝て目覚めても、昨日のことは夢じゃなかった。
新聞の一面が、その事実を教えてくれた。
本当にこの時が来てしまったのだ。
移籍報道があった日から毎時、おそるおそる画面を開いては閉じてを繰り返した。
日が経てば経つほど、絶望も期待も膨らむ。生きた心地のしない日々だった。
そして、この時が来た。
岩尾憲が、徳島ヴォルティスを去る。
覚悟は決めていたはずだった。すべてを受け入れる気持ちでいた。だけど、いざリリースされた時、想像以上に苦しくなった。胸の奥底が重い。辛い。悲しい。
行かないで、と思ってしまう。
それほど大好きだった。
今だけはこの悲しみを吐き出させてほしい。
この6年間、ずっと大好きだった。
はじめは一選手としてのプレースタイルに惹かれた。
広い視野と的確な判断、長短のパスで試合のリズムをつくるところ。やわらかい弓なりの軌道で正確にボールを届けるところ。一つ一つのプレーでチームを助けようとする意図を感じるところ。今も変わらず大好きだ。
それから程なくして、彼の人間性の素晴らしさに気づき、彼を人として尊敬するようになった。
誠実で、まっすぐで、ひたむきなところ。絶大なリーダーシップ。頭は冷静で、胸には闘志を燃やし続ける姿。言葉を大切にし、常に考え、実行に移し、表現するところ。チームのためにあらゆる能力をすべて注ぎ込むところ。
チームの精神的支柱となり、ヴォルティスとしての在り方を体現し続けてくれた。
憲さんと一緒に歩む6年間はとても楽しかった。
ヴォルティスが魅力的なサッカースタイルを構築し始めた頃、それと同時に、サッカーはサッカーだけじゃないということを教えてくれた。プレーで表現するだけでなく、インタビューやZISOをとおして想いや意図を言語化してくれた。人と人をつないでくれた。
彼のいろんな考えに触れて、彼が表現する姿を見て、彼を中心に作り上げるチームを応援できることは、本当に楽しかった。
この6年でヴォルティスとしての文化が少しずつ形成され、着実に前へ進んできた。
ヴォルティスのことを胸張って好きだと言えるようになった。
どんな苦境でも果敢に戦い続けるヴォルティスは、わたしの希望となった。
だけど、これからあなたが語る「チーム」はヴォルティスのことじゃないんだ。
あなたがこれから言葉にする「サポーター」にもきっと私は含まれない。
やっぱり岩尾憲がもうヴォルティスの選手じゃないなんて、簡単には受け入れられないな。
憲さんが徳島にいない。
ポカスタで青のユニフォームを着てプレーする姿を見られない。
試合前のウォーミングアップも、入場時も、試合後の挨拶も、いつも憲さんを目で追っていたからこれからはどこを見たらいいんだろう。
チャントももう歌えないのか。「岩尾憲 俺らの誇り 熱い男 頼りになる男」。
生まれて初めて背番号を入れた2020シーズンのユニフォームにサインをもらうという夢は結局叶わなかったな。彼への信頼と私の決意が詰まった、あのユニフォーム。
考えれば考えるほど、悲しくなる。
何より、これほど大好きな人を愛するクラブで応援できない。その事実が苦しい。
行かないでほしかった。
頭で分かってても、心はわがままだ。
憲さんの決断を応援したい。だけど、大好きだからここに居てほしかった。
徳島でいる意味を見いだしてくれたあなただから、これからも徳島と共に在ってほしかった。
それほど、今も大好きだ。
だけど、彼はいつもそうだった。
平坦な道じゃなく、困難で先の見えない方へと歩んでいった。
だから6年もの間、苦しみながらも徳島を選んでくれた。十分すぎるほど徳島のために力を注いでくれた。心を砕いてくれた。
きっともう徳島でできることはやり尽くして、先が見えてしまったんだろう。
徳島では何もないところに新たな文化を作った。次は、大きな文化があるところに身を投じることになる。きっと、そこで何ができるのか新たに挑戦したいと思ったんじゃないかと勝手に捉えている。
岩尾憲だから立ち向かうのだろう。
そういうところも大好きだ。
分かっている。
今が別々の道を進むべき時なのだと。今まで線を交えたこと自体が奇跡だったのだと。
岩尾憲のおかげで、私にとって徳島ヴォルティスは愛するクラブになった。
岩尾憲にとっても、徳島ヴォルティスは「愛するクラブ」だったのだろうか。
同じものを共に愛せていたのだとしたらそれほど幸せなことはない。
岩尾憲と共に歩んだ軌跡は、共に積み上げた今は、たしかにここに残っている。
大好きな岩尾憲が去っても、それでもやっぱりわたしにはヴォルティスしかない。
ヴォルティスが在るかぎり、応援するのみだ。
徳島を選んでくれた選手と共に、新しく前へと進み出す。
憲さん、徳島のために今までありがとう。
あなたの未来に幸多からんことを祈ります。
岩尾憲が去った日も、吉野川の夕景はとても綺麗だった。
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