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生の事故現場/黒史郎・実話怪談 化け録

日常を不意に襲う怪異の記録、化け録。それはどこか、交通事故にも似ているかもしれない。
今回は、事故にまつわる、なんとも奇怪なお話を、ひとつ。

文=黒史郎
絵=北原功士

現場にて

 たとえ、場所、時間を同じくしても、あなたの隣にいる人は必ずしも、あなたと同じものを見ているとは限らない。どちらかの視線は歪んだ世界に迷い込んで、見るべきではないものを見ている、そんなことがないとはいいきれない。

 次のような事例がある。

 桃香さんはその日、友人のS美とコンサートへ行った。会場を出るともういい時間で、遠方からきていたS美は桃香さんの家に泊まっていくことになった。
 自宅に向かってふたりで公道沿いの歩道を歩いていると、ガッシャーン、進行方向から大きな音が聞こえてきた。交通事故である。
 20メートルほど先で、トレーラーの荷台部分を切り離したトラクタと呼ばれる牽引車が停まっている。その5、6メートル先に後部がぐしゃりと潰れた軽自動車がある。
 それぞれの車の運転者だろうか、歩道でジャンパーを着た中年男性とスーツの若い男性が難しい顔で話し込んでいる。スーツの男性は軽いケガをしており、額を拭うティッシュが見る見る血を吸って赤くなっていく。
 グッとS美が腕を摑んできた。こわばった表情で唇を震わせている。
「大丈夫?」と訊くと、S美は
「げえっ」と大きなゲップを返した。
「やだぁ」と笑う桃香さんの腕をグイッと引いて、S美はその場から走り去ろうとする。事故現場から数十メートル離れると桃香さんの腕をはなし、土下座するように地面に両手をついてゲェゲェと嘔吐しだした。
 びっくりした桃香さんは、S美の背中をさすりながら「具合悪いの?」と訊いた。顔を上げたS美は涙目で喉をひくひくとさせながら、「ああいう事故、初めて見るから」と弱々しい声を漏らした。

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