『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE HD REMASTER』 死と再生の秘儀参入装置としての東京受胎考/藤川Q・ムー通
ゲーム雑誌「ファミ通」とのコラボで、ムー民にこそ遊んでいただきたいゲームをお届けする“ムー通”。今回取り上げる作品は、かの『メガテン』シリーズ屈指の名作のリマスター作品『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE HD REMASTER』。その世界を知る、副読の拡大版です。
文=藤川Q #ムー通
真・女神転生Ⅲ NOCTURNE HD REMASTER
体外受精などの例を除けば、我々の多くはかつて子宮内を何億というライバルと力泳し、唯一卵子へと到達した精子であった。すれ違う多種多様な人々は、みな壮絶な生存競争を突破して現世に誕生したものたちのはずだ。
今回ご紹介する『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE HD REMASTER』は、あたかもこの生命誕生というミクロコスモスの記憶を、ゲームプレイを通じた世界の創世というマクロコスモスへのダイナミズムへと接続する稀有な作品。2000年に発売された本作がリマスターされてよみがえるとあり、今回は本コーナーの独自指標「ムー民度」で初の★5を獲得した逸品として、ぜひともお薦めしたいゲームでもある。
というのも、のっけから個人的な意見で恐縮するものの、本作は、ゲーム編集者としてわたしがこれまで触れてきた数多のRPGの中で、いまだ最高傑作だと感じている作品でもある。その理由は、文学や映画では実現不可能な、ゲームというメディアを通じて、“創世神話”を体験したかのように感じた強烈なプレイ感が忘れられない作品だったためである。本作がなぜそうした強烈な“神話体験”をもたらすのか――それは、いくつかの理由があるが、今回は本作の“東京受胎”という世界観から見て取れる、“死を通じての新生”を描き出す創世神話体験装置としての特異な構造に注目していきたい。
創世というテーマと輝くカグツチ
そもそも『メガテン』と言えば、世界の終末を迎えた人類が、ポストアポカリプティックな世界を舞台に神と悪魔の代理戦争の渦中へと身を投じる。その果てに、プレイヤー自身はどう生きるのか? という問いに行動で答えを出すのがシリーズの精髄だ。
物語の結末も、プレイヤーの行動や決断の結果で大きく変化する。神につくのか、悪魔につくのか。それとも、あたかも自由意志を叫んだニーチェのように、“神は死んだ”として超人思想的な道を模索するのかのような――
そんな『メガテン』シリーズのナンバリング上の3作目にあたる本作は、ちょうど山手線の内側のエリアが“東京受胎”により悪魔が跋扈する球状世界になってしまったという奇想――“ボルテクス界”の球体世界の内側が舞台となる。
世界は、この球体の内側以外の場所は消滅したのだという。そんな未曽有の“東京受胎”だが、それを生き延びた人間が数名生存している。彼らは、この球状世界の中央に存在する“カグツチ”と呼ばれる輝く核の元へと至り、次の世界をどのような在り方にするべきか――その“コトワリ(理)”を示し、世界の創世を迫られるのである。受胎の名が示すように、この世界は次の世界の母胎なのであった。
だが、主人公は東京受胎を生き延びる過程で、奇妙な金髪の少年と喪服の老婆との邂逅により、その身に悪魔の力“マガタマ”を宿された“人修羅”にされてしまう。プレイヤーはまさしく修羅=力への意思そのものとして、戦い続けることとなる。無論、悪魔に創世は許されない。アナタは、ひとりの悪魔としてこのボルテクス界を彷徨し、生き延びた人間に助力して創世の行く末を見届けることになる――
“光あれ”。聖書では神が世界を創世した際に発した言葉だが、次の世界の母胎となるボルテクス界が発生する際にも、太陽のような光“カグツチ”が出現している。
生き残った主人公=アナタに「どのような世界を望むのか」を問いかけるカグツチだが、この名は日本神話の創世神、伊邪那岐と伊邪那美から生まれ、伊邪那美を焼き殺した火の神と同名だ。この死の穢れから、黄泉の国の女王となった伊邪那美を追う伊邪那岐の冥界下りへと神話はつながっていくことを考えると、カグツチこそ、日本神話における死を通じて行われる創世への旅の象徴とも見て取れるだろう(余談だが、過去作にはヒノカグツチという最強装備が登場していたこともある)。
宗教学者のエリアーデは、ニュージーランドやニューヘブリデス諸島の“日没を眺めると死を挑発する”という俗信に着目し、日没とともに魂を冥界へと連れ立し、朝日と共に帰還する太陽神の性質には、霊魂を死の世界へいざなう霊魂導師(プシコポンプ)的な側面と、新生への加入儀礼を行う秘儀祭司(ハイエロファント)というアンヴィバレントな役割を持っている点を指摘している。
まさにカグツチには、秘儀参入儀礼などにおける霊魂導師・秘儀祭司のように、プレイヤーをボルテクス界へといざない試練を課す太陽神的側面を担うかのようだ。
日本神話的な死と穢れのイメージ
カグツチという名のほかにも、主人公に悪魔の力を与える“マガタマ”や、創世に必要となるボルテクス界内の存在が有するエネルギー“マガツヒ”、そしてボルテクス=渦=禍など、本作のキーワードには日本神話から名が採られたものが散見する。
マガツヒの語源であろう枉津日神(まがつひのかみ)は『日本書紀』で前述の伊邪那岐の死の穢れから生まれた神の名。
同じく『日本書紀』巻第一では、世界が生まれる前の状態をして“古に天地未だ剖れず、陰陽分れざりしとき、渾沌れたること”(略)と記されているが、少年と老婆が主人公を悪魔にすべく、最初に与えたマガタマの名こそ、“マロガレ”(=渾沌れ)であった。
悪魔の力となる勾玉は曲がった玉であり、曲がることは“曲がったこと”などともいう。常に曲線を産む渦は禍いでもあり、渦を意味するボルテクス界はそもそもが悪魔が穢れを求めて血で血を洗う場所として、死と穢れに満ちた混沌であることもうかがえよう。
こうした世界に、創世のためのエネルギーとして争奪されるマガツヒだが、その造形はどこか精子に似てはいないだろうか。そう考えると、ここでもボルテクス界=子宮内という見立てが立ち現れてくるかのようだ。
密教と胎蔵界
一方で、作中では見慣れた日常を東京受胎により一変させる法について記された“ミロク経典”なる書物が登場する。その記述は、密教の胎蔵界的な思想が色濃く反映されたもののように感じられる。胎蔵界とは、理性を胎児に見立て大日如来の大悲(慈悲)に包まれてあらゆる可能性がはぐくまれた世界だが、胎児に見立てられた理性と可能性こそ、ボルテクス界で人間だけが拓けるコトワリ=理なのかもしれない。
密教の行者は、洞窟や山岳を死の世界や胎内に見立て“胎内くぐり”という修行を行う。これは一度死に、新生するという過程を疑似的に体験する秘儀参入である。本作でのボルテクス界の旅路もまた、胎内くぐりと同様の構造を持っている。日本神話のみならず、作中でミロク経典を信奉する氷川氏によって密教的な視座からの死と再生のイニシエーションが描かれている点などは、まさに古今東西の神話・伝承を縦横無尽に取り入れる『真・女神転生』シリーズの真骨頂。
キリスト教的アポカリプティックな下降
……と、真骨頂というならば、本作では、こうした球状のボルテクス界内部への胎内くぐり的な構造に、キリスト教的な上昇と下降のアプローチをもたらす“アマラ深界”が存在する点も見逃せない。
これは、ゲームプレイヤーにとっては、悪魔に誘惑されたものが陥る人生の脇道――とでもいうかのように、創世以外の可能性を孕んだもうひとつの道。この世界を降りていくことで、車椅子の老人と喪服の淑女が、ボルテクス界の成り立ちと真相をつまびらかにしていく。”つまびらかにする”ことこそが”黙示”だが、まさしくここは、かの「ヨハネ黙示録」になぞらえた”魔人”と呼ばれる死の顔をした存在を退けなくては下降できない難所であり、ここも文字通りの冥界下りの如き――太陽の光なき地獄めいた世界として目に映る。
エリアーデはまた、『天空神と太陽神』の中で、”周期的に太陽が見えなくなるリズムが、黙示録的な幻像の源泉であり、世界の終わりや宇宙循環の終結のしるしだ”としているが、同時にそれはまた、”宇宙の新生へと連なる循環”なのだともしている。本作の黙示録的なアマラ深界への下降もまた、新たな誕生へとつながるのかどうかは、ぜひ自分自身で数多の死を乗り越えた果てに、その目で見定めていただきたい。
本作にはノクターン(夜想曲)という副題が添えられている。新たな世界が生まれる夜明け前だが、イギリスのことわざでは“夜明け前が最も暗い”ともいう。光と闇が濃密になるこの夜明け前のひと時には、シリーズ作品らしい世界中の神霊から魔神までが集い、次の夜明けを迎えるべき世界の姿のために争いあうという、さながら蟲毒の壺のようですらある。
子宮の中の環境は、生まれんとする精子にとっては非常に過酷な環境だという。本作はゲームデザインとしてもそうした過酷な環境を彷彿とさせるような高難度だ。だが、それは決して不快なのではなく、死の疑似体験的なスリルを楽しめるもの。一度味わうとやめられなくなる、このひりつく感覚とともに創世の瞬間へと一歩ずつ進むゲーム体験はまさに極上だと約束できる。これを読んでいるアナタも、かつて熾烈極まる子宮内の争いに打ち克ち、この世界へと新生してきたはずだ。ボルテクス界での旅の果てに、必ずやコトワリと共にカグツチへと到達できると信じている。そこで、アナタはいったいどんな世界を産みだすのだろうか……。
ちなみに、本作はリマスターにあたって、新たに快適に楽しみやすい難度がDLCで追加されてもいる。ちなみに、新難度の名前は“MARCIFUL(慈悲深い)”――安心して、本作を産んだアトラス開発チームの大悲に包まれながらボルテクスデビューできるはずだ。
日本神話では十挙の剣で首を切り落とされたカグツチの身体から多くの山が生まれたという。中国では巨人”盤古”の死体から世界が生み出されたとされる(『魔剣X』のシリーズのプレイヤーならご存知のように)。
人間が誕生して以来、あらゆる民族・国家は多様な創世神話を記録することで存在の由来を定義しようと試みてきた。だが、これまでそうした思想をゲームで表現し、なおかつインタラクティブに体験できるRPGを、わたしはほかに知らない。本作は、大げさでもなんでもなく、“プレイする創世神話”である。
神話は伝承されていくもの。2003年の発売以来、古いゲームハードを所持しつづけなければ遊べなかった本作だが、このたび現行ハードでリマスターされた。このことで、ふたたび多くのプレイヤーへとこの神話が”伝承”されることとなる。
私見だが、神話上の形而上学的存在が登場する『メガテン』シリーズは悪魔のゲーム、という方も多いけれど、わたしは“人間のゲーム”だと考えながら、シリーズ作品は欠かさずプレイし続けてきている。
その魅力は、スーパーミステリー・マガジンと銘打って“人間”の謎に挑み続ける本誌の姿勢と通じるようにも思えるのである。ゆえに、ムー民の皆様にこそ、今一度この子宮に抱かれた夜の旅を体験していただきたい。
限定版のブックレットに「ムー」!?
また、じつは本コーナーのご縁で、本作の限定版に付属するブックレットにて、月刊ムー編集部協力のコラボ企画ページが掲載中なので、よろしければこちらもチェックしてみてほしい。
最後に、コロナ禍の中、この場をお借りして本作を新生させてくださったアトラスの山井一千ディレクター、そしてスタッフの皆様に、三千世界に響く万雷の拍手と百万遍の感謝を申し上げます。
(本作のムー民度★★★★★)
『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE HD REMASTER』
Nintendo Switch / PS4 発売中 5980円+税
公式サイト http://shin-megamitensei.jp/3hd/
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