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ポストアポカリプスを駆け抜けて…『Icycle:On Tin Ice』の巻

ムー民の皆様にファミ通の怪人編集者こと藤川Qがムー的なゲームを紹介する本コーナー。今回取り上げる作品は、凍てついた世界でひたすらにチャリをこぎ、ディスタンスを狭める……そんなゲーム。『Icycle:On Tin Ice』です。

文=藤川Q

凍てついた距離

 物語の素敵な機能のひとつに、現実からかけはなれた状況を疑似的に楽しむというものがある。今回ご紹介する『Icycle:On Tin Ice』は、ある意味で、いまの状況とちょうど対称的な世界観を描くアクションゲーム。

 連載では、ムー民の皆様にはこれまでもいくつかポストアポカリプスものの作品をご紹介してきたが、本作は筆者がとくにお気に入りにしている一本で、ぜひいまこそ遊んでいただきたい作品なのである。

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 いまや、新型コロナウィルス禍で人々は密集することを禁じられ、世界中は大混乱をきたしているなかに、いよいよ季節は梅雨を経てうだるような夏の暑さが顔をのぞかせ始めている。今度はマスク生活がもたらす熱中症の危険性も危惧される状況。

 しかし本作の舞台となる世界観は、真逆である。人々は決して密集することはないうえ、熱中症の危険性などは皆無だ。なぜなら、地球には氷河期が訪れて人類は死に絶え、主人公のデニスは地球上で最後の生存者なのだから(密集したくても誰もいない……)。

『Icycle:On Tin Ice』であなたは、このさびしい男デニスとなって、どうにか動いた自転車を駆り、どこかにあるかもしれない誰かのぬくもりを求めて世界中を旅することになる。

 白い息を吐き、常に歯をガチガチ言わせながら半裸で自転車にまたがって必死に自転車をこぎ続けるデニスとなって探索するのは、凍り付いた市街やデパート、太古の記憶が眠る分厚い氷のクレパス、そして無人の遊園地……そんなドさびしい風景。BGMも自転車のペダルの音と、「HELLO!」と叫ぶ彼の声のこだまのほかにはほとんどない。きっと寒さと孤独に浸れるはずである。

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 まるでダンテの『神曲』でサタンが幽閉された地獄の底の氷の湖ジュデッカを彷彿とさせるステージばかりが続くが、じっさいのところ、ゲームプレイとしてもかなり地獄的なロケーションが多数用意されており、鋭利なつららに串刺しになるなどは日常茶飯事。慎重なジャンプアクションと自転車さばきが要求されるという、まさに氷の地獄である。

妄想で欲望をドライブさせる

 凍り付いて自転車をこぐデニスの生きる原動力となるのは、空想の女性へのこがれる思いなのだった。本作は、デニスが自分で作った彼女の雪だるまにキスをしようとするが、首が取れて転がって行ってしまうのを追いかける場面から幕を開ける。たしか『ハムレット』には“たとえおまえが氷のように清浄であろうと”というオフィーリアへのセリフがあったが、まさにデニスが追い求めるのは、そういった理想が結晶化したアニマのごとき女性像なのかもしれない。

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 ほぼ裸で自転車に乗ったりはしないけれど、理想の人物像を追い求めるという点では、われわれは少なからずデニスと同じだろうと思う。ゆえに、リアルにポストアポカリプスものの筋書きかのような状況を体験しているいまこそ、あえて手にしたスマートフォンの中で現実と対称的な世界に身を投じてみることで見えるものがあるかもしれない。

 そういえば星新一のショートショートで、たしか“最高のおもてなし”についてこんな話があった。
 最高のもてなしをするから、と招かれたが、そこは砂漠の惑星。汗だくになって歩くと、大きなドームを発見する。入ってみると、中は極寒の猛吹雪……さんざん歩かされた果てにたどり着いた一軒の家の中は、がんがんに暖房を効かせてあって、お客たちはやがて汗だくになって上着を脱ぎ始める……そこでスっと出されたのは、キンキンに冷えた一杯のビール、という話。たしか。

本作のムー民度・・・★★☆☆☆

(C) DAMP GNAT


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