私と卵と、これから。それから。　第九話

Day2

自分で自分に注射する初日。やっぱり緊張する。
薬品だし、髪の毛ほどの細さだとはいえ針だ。打つタイミングはいつでもいいと言われたけど、一日中そのことを気にしているのもイヤなので朝打つことに決めた。この注射が直接卵巣に働きかける排卵誘発剤だから、大事な工程。避けて通れない。

結果、全然痛くなかった。
間違えないように慎重に手順通りやることに集中してたらあっという間だった。簡単すぎて間違えてないか心配になるくらいにはスムーズにできた。
でも終わった直後の薬の匂いと打った側の下腹部にじわじわ広がる違和感に、なんとなく気持ち悪くなった。また喉の奥に飲み込みきれていない異物が残っているような変な圧迫感も感じた。打って数分で実感できる変化があることに少し怖さを感じたが、自然に逆らって卵子を育たせるのだから当然だろう。
さらにしばらくすると、注射を打った方の左半身にだるさを感じ、必要だったら少し身体を横たえることができるリモートワーク環境に感謝したのを覚えている。

初日に打ったのが左側だったので明日は右側に。あとは夜に飲み薬を飲むだけなので、やるべきことは意外とシンプル。
気持ち悪さはあるものの普通の生活が送れそうだ。

Day3

気持ちいい目覚め。普通の朝。
生理も4日目に入って身体が少し楽になった気がする。卵子凍結を決めてから飲み始めたマルチビタミン、葉酸と不足していると医師に言われたビタミンD。それらのサプリを飲んでから、２回目の注射。
今日は昨日とは逆の右下腹部、おへその横らへんに。
一回やれば慣れたもので、スムーズに打ち終えて10分・・・
めちゃめちゃ気持ち悪い。

今日の気持ち悪さにぴったりの例えがあって、まさに二日酔いの感じ。昨日は単純に胃の周りがムカムカしてるだけだったけれど、今日は頭まで気持ち悪さがきてる。ちょっと頭痛もするし目の奥の方が重くなる感覚もあった。とにかく今日の午前中は会議が少なくてよかったと安堵するくらいには気持ち悪かった。

Day4

昨日の気持ち悪さは結局一日中続いて日中何度か横になって休んだにもかかわらず、夜もしっかり寝た。
身体が思っていた以上に休息というかリカバリータイムを必要としていたようだった。朝一ではなくて夜、寝る前に注射をすればよかったのかもしれない。そうすれば気持ち悪いピークを寝てる時間に持ってこれるはずだから。
しかし、一度始めたら毎日同じ時間に注射をする必要があると言われていたので、気分が悪いからといって途中で変えることはできない。今日も注射後に気持ち悪くなるだろうことを覚悟しながら、朝の準備を済ませて仕上げに注射を打った。
これまでと全く同じ手順で注射したのに、今日は打ったところから出血があった。打ち終わって腹部から引き抜いた針の先端から血がたれてきた時は一瞬固まってしまった。
皮下注射でたまたま毛細血管とかの上に打ってしまっただけのことなんだろうけど、やっぱりちょっと怖かった。慌ててアルコールシートで除菌して止血用シールを貼ったけど、気分は良くない。心配性の私はクリニックに電話して状況を説明したが、なにも心配する必要はないとのことだった。
慣れてきたと思った注射がまた怖くなった気がした。

幸いにもこの日から少し薬の量が減ったせいか、前日ほどの気持ち悪さはなかった。途中一度横になって休憩したけれど、それ以外は通常通り仕事もこなせたし近くまできていた友達と束の間のコーヒータイムをともにできるくらいには順調だった。

Day5

生理もほぼ終わりに近いので起き抜けの身体の調子はいい。
生理中の下腹部が張っているような感覚がなくならないのはいつもの周期と違うけれど、今日も注射で投薬する量は少ないし大丈夫。
そう思ったのが大間違い。これまでにない気持ち悪さで、かなりしんどい。今日は二日酔いのようなムカムカ感もありつつ、頭が重い。頭痛もするし熱にうなされてる時のようにぼーっとする。せっかく気持ちよく早めに目覚めたのに、午前中は使いものにならなさそうだった。

怠さは抜けないまま、昼過ぎに用事があり外にでた。ホルモンの影響などで浮腫んでくるという話を聞いていたので、怠くても浮腫対策を兼ねて歩くことは重要だ。
ちなみに連日足ツボを刺激したり緩いストレッチを続けている効果もあってか、まだ目立った浮腫はない。

人間って面白いなといつも思うけど、用事があって出歩いていると気が紛れるのか、外出中はさっきまでの気持ち悪さや下腹部のゆるい鈍痛をそれほど感じなくなっていた。怠いと億劫だし、コロナ禍で外出も最低限に抑えたいけれど、気分転換の散歩を兼ねて出ることって大事だなと思った。
少し気分も良くなってサクサクと用事をこなして帰ったら、やっぱり身体は素直。怠さが復活して、横にならざるを得なかった。

もう少し若かったらこんなに気持ち悪かったり、怠かったりしなかったのかな。とか、頭痛が復活し始めた重い頭で考えたけど、私は今だったから卵子凍結に踏み切れたわけで、これはこれとして受け止める以外無いということで落ち着いた。